「頑張っているのに、なぜか勉強や仕事がうまくいかない…」「人との関わりにどこかぎこちなさを感じる…」そんなふうに、日常生活の中で「うまくいかないことの連続」に悩む人がいます。その中に、「知的障害」とまではいかないものの、知的機能に困難を抱えている「境界知能」と呼ばれる状態の方が含まれていることがあります。
今回は、この「境界知能」について、目立ちにくいけれど確かに存在するその特徴や、どのような場面で困難が表れるのかを5つの視点から丁寧に解説していきます。

境界知能とは、知能指数(IQ)が平均よりも低く、一般的に「IQ70~84」の範囲にある状態を指します。平均的なIQは100とされており、85〜115が「正常範囲」とされる中で、その少し下にあたるのがこの「境界知能」です。
このIQ70~84の範囲に該当する人は、人口の約13%、およそ7~8人に1人の割合で存在するとされています。しかし、この範囲は知的障害の診断基準には該当しないため、支援やサポートの対象にならないことが多く、見過ごされがちです。
また、発達障害を疑って検査を受けた結果、この「境界知能」が明らかになるケースも少なくありません。実際、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)などの発達障害と併存することもあります。
それでは、具体的に「境界知能」の人がどのような特徴を持ち、どのような困難に直面しやすいのかを5つのポイントに分けて見ていきましょう。

まず理解しておきたいのは、「境界知能」は障害ではないものの、知的機能に一定の困難があるという点です。学校の勉強や日常の判断力など、複雑な思考を求められる場面では、他の人よりも時間がかかったり、理解に苦労したりすることがあります。
WAIS(ウェイス)という知能検査では、全体的なIQだけでなく、「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」といった分野別のスコアが示されるため、どの部分に困難があるのかがより具体的に把握できます。
知的障害ではないため、制度的な支援が受けにくい一方で、実際の困難は深刻であり、生活に影響を与えるケースも多いのが現実です。

境界知能の子どもは、学校で特別支援学級などに入ることはほとんどありません。なぜなら、成績は平均より低めであっても、明らかな学力の遅れとして目立たないことが多いからです。
また、境界知能の子どもたちは基本的な会話や生活に大きな問題があるわけではないため、本人の努力不足や「ちょっと不器用な子」として見られ、特別な配慮がされないまま成長していくことが少なくありません。
しかし、中学・高校と学習内容が高度化するにつれ、勉強についていけなくなったり、自己肯定感が低下してしまうケースが見られます。

境界知能の人たちは、成人後に社会へ出ると、新たな課題に直面します。
例えば、職場では複雑な作業や臨機応変な判断が求められる場面で、「仕事を覚えられない」「ミスが多い」「指示の意図がわからない」といった問題が起こりやすくなります。
また、人間関係においても、表面的な会話は問題なくても、駆け引きや感情の機微を読み取るのが難しく、「空気が読めない」「トラブルを起こしやすい」と誤解されてしまうこともあります。
このように、子ども時代よりも大人になってからのほうが、生きづらさが強く現れる傾向にあります。

前述のとおり、境界知能と発達障害は併存することがあります。例えば、ADHDの衝動性や不注意の特性と、境界知能による理解の困難が組み合わさると、対人関係のトラブルが頻発する可能性があります。
また、ASDのこだわりや社会的な柔軟性のなさと、判断力や推論力の低さが合わさると、対処の難しさが一層強まります。
こうした場合、特性が複雑に絡み合っているため、一見すると「本人の性格や努力不足」に見えてしまい、支援が届かないまま深刻な状況に陥ることもあります。

境界知能の人たちは、生活の中で「できない自分」に直面し続けることで、強いストレスを感じやすくなります。
仕事で評価されない、人間関係で孤立する、自分の努力が報われない――そうした日々の積み重ねが、やがて「うつ病」や「不安障害」などの精神的不調につながることがあります。これは「二次障害」とも呼ばれ、境界知能の存在に気づかずに生活している人ほど、このリスクは高まります。
また、判断力や意思決定に苦手さがあるため、悪意のある相手に騙されたり、利用されるリスクも少なくありません。

「境界知能」は、見た目や会話からは分かりづらく、周囲から理解されにくいことが大きな特徴です。しかし、その困難は本人にとって確かに存在し、生活のあらゆる場面に影響を及ぼしています。
だからこそ、本人が自分の特性を理解し、無理をしすぎず、自分に合った環境を選べるようになること。そして、周囲の人が適切な理解と配慮を持つことが、何よりも大切です。
知ることで、優しくなれる。そんな社会の一歩として、「境界知能」という言葉が、少しでも多くの人に届くことを願っています。