若い女性がストロング系チューハイに依存しやすい社会的背景とは

──身近な薬物と私たちの関係を見つめ直す

薬物」と聞いたとき、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、大麻や覚せい剤いわゆる危険ドラッグなど、違法薬物ではないでしょうか。

しかし、私たちの日常には、より身近で、合法的に利用できる薬物も存在しています。
たとえば、タバコ、カフェインを含むコーヒー、そしてアルコールなどです。
精神科医・松本俊彦氏は、30年以上にわたって薬物依存症の臨床に携わってきた経験から違法薬物だけに目を向けるのではなく、日常的に接している「身近な薬物」についても深く考える必要があると提起しています。

松本氏の新著『身近な薬物のはなし』では、薬物の本質とそれが引き起こす社会的な問題について、文化的・社会的背景をふまえて丁寧に解説されています。
薬物の「危険性」は合法・違法の軸では測れない。
松本氏は臨床現場で、大麻のオーバードーズ(過剰摂取)によって死亡した事例を見たことは一度もないと語ります。

一方で、市販薬のオーバードーズによる死は数多く目の当たりにしてきたといいます。
この事実からも明らかなように、薬物の危険性は単に合法か違法かという枠組みだけでは判断できないのです。
薬物とは、脳に作用し、精神活動に変化をもたらす化学物質の総称でありその影響の仕方は千差万別です。

そして、どの薬物が社会的に受け入れられ、どれが禁止されるかは医学的な基準によるものではなく、むしろ歴史的・文化的な背景に大きく依存しています。

では、どのようにして現在の「合法」「違法」という区別が生まれたのでしょうか。

コロンブス交換と薬物文化のグローバル化

コロンブス交換と薬物文化のグローバル化

松本氏は、薬物文化の広がりを歴史的観点から捉えています。

たとえば、大航海時代の「コロンブス交換」(エクスチェンジ)によってヨーロッパと南北アメリカ大陸の間で、さまざまなモノや文化が行き交いました。
この時期に、アルコールがアメリカ大陸にもたらされヨーロッパにはタバコやコーヒー、お茶といった嗜好品が伝わったのです。
新たな薬物が伝播すると、その影響を抑えようと規制や弾圧が起こるのは常です。

しかし、禁止すればするほど密かに利用が続き次第に税収源として活用される流れが生まれてきました。

日本においても、アルコール飲料であるビールに高い課税がなされた結果代替品として発泡酒が生まれ、さらにそれにも課税されると今度は「ストロング系」と呼ばれる高アルコール度数のチューハイが市場に登場したのです。

ストロング系チューハイ依存と若い女性たち

ストロング系チューハイ依存と若い女性たち

近年、ストロング系チューハイの問題は社会問題化しています。
手軽に、安価で、しかも飲みやすいという特徴を持つこれらの商品は特に若年層を中心に広まりました。
しかし、その背後には深刻なリスクが潜んでいます。

松本氏は、「精神安定剤代わりに、ストロング系チューハイにストローを差して飲んでいる若い女性を見たとき、これは非常に危ない兆候だと直感した」と述べています。
実際、ストロング系チューハイへの依存に陥る若い女性は少なくありません。
背景には、現代社会特有のストレスや孤独感、自己肯定感の低下といった問題があると考えられます。
飲酒によって一時的に不安や緊張を和らげたいというニーズが手軽に手に入る高濃度アルコール飲料に向かわせてしまうのです。

ストロング系チューハイのような商品は心理的に苦しい状況にある人々にとって、自己治療的な役割を果たしてしまうことがありその結果として依存症を引き起こすリスクを高めます。
「よい薬物」「悪い薬物」という区分は存在しない松本氏は、薬物に関して〈「よい薬物」も「悪い薬物」もない〉と繰り返し強調しています。

重要なのは「薬物そのもの」ではなく、それを「どのように使うか」という点にあります。
薬物を適切に使えば、リラックスしたり、楽しみを得たり、時には社会生活に必要なエネルギーを補うこともできます。

しかし、一方で、誤った使い方をすれば健康や生活に大きな悪影響を及ぼすこともあるのです。
また、薬物の乱用に走る人々には、単なる「意思の弱さ」ではなく「何らかの困りごと」を抱えている場合が少なくありません。

ストレス、トラウマ、経済的困難、人間関係の問題――こうした背景が依存症への道を開いてしまうのです。

依存と依存症は違う

依存と依存症は違う

依存と聞くと、すぐに「悪いもの」「克服すべきもの」と考えがちですが松本氏はこの考えにも注意を促します。
「依存」とは、人間が生きていく上で誰もが持っている性質です。
私たちは、食事、睡眠、人間関係、趣味といったさまざまなものに依存して日々を生きています。
依存それ自体は決して悪ではありません。
問題となるのは、「依存症」、すなわちその依存が自分や周囲に重大な悪影響を与えるレベルにまで達した場合です。

したがって、すべての依存を一括して否定するのではなく、適切に付き合っていく視点が必要です。
松本氏自身も、喫煙者であり、またお酒やコーヒーを嗜むと公言しています。
「依存」を完全に排除するのではなくコントロールし、健康的な範囲で付き合うことこそが大切なのです。

違法薬物と社会的ダメージ

一方、違法薬物に関しては、健康被害以上に、社会的ダメージが問題となります。
日本では違法薬物の使用に対して非常に厳格な罰則が科されており、たとえ節度をもった使用であったとしても一度摘発されれば「犯罪者」という烙印を押され、社会的に居場所を失うリスクが生じます。

依存症の回復には、失敗と再挑戦がつきものであり失敗を支える医療と福祉のサポート体制が不可欠です。
しかし、現在の日本社会では、一度違法薬物に手を染めた人に対して医療や福祉ではなく、排除と厳罰で対応する傾向が強く、結果として依存症の回復をより困難にしてしまっている現実があります。

松本氏は、こうした現状に警鐘を鳴らし薬物に対してよりニュートラルで現実的な理解が広まることを願っています。

薬物と社会との新たな向き合い方

薬物問題を語るとき、単なる善悪の二元論では捉えきれない複雑な背景があることを私たちはもっと理解する必要があります。
依存に至る人々の苦しみや孤独に寄り添い社会として支える仕組みを作ることこそが、真の解決につながるのではないでしょうか。

身近な薬物とどう向き合うか――
それは、私たち自身の生き方や、社会のあり方を問うテーマでもあるのです。