神経性食欲不振症(Anorexia Nervosa、以下AN)は
精神的な要因によって食事の摂取が著しく減少する疾患です。
一般的には「拒食症」と呼ばれることが多く
ほかにも「神経性無食欲症」や「神経性やせ症」といった表現が用いられることもあります。
この疾患の特徴は、胃腸や消化器官に直接的な異常があるわけではないにもかかわらず
精神的な「食べることへの恐怖心」や「太ることへの強い抵抗感」が
食事行動にブレーキをかけてしまう点にあります。
身体は空腹を感じ、食物を欲しているにもかかわらず
その自然な欲求に逆らうかたちで食事が極端に制限され
やがて深刻な栄養失調状態に陥ってしまうのです。
かつては、神経性食欲不振症は「わがまま」や「反抗期の一種」といった
誤った認識で語られることも多く
医療の現場ですら本人の心情を無視した対応がなされていた時代もありました。
しかし、近年の研究により
この疾患の背景には自己評価の低下や心的外傷(トラウマ)といった
深刻な心理的要因が存在することが明らかになっています。
神経性食欲不振症は、適切な理解と支援のもと
根本にある問題とじっくり向き合うことによって
回復が可能な病気です。本記事では
神経性食欲不振症に対する正しい理解を深め、偏見や誤解をなくしていくことを目指します。
神経性食欲不振症とは、精神的な原因によって食欲が著しく減退する疾患であり
摂食障害の一種に分類されます。同じカテゴリには
「神経性過食症(過食症)」なども含まれます。
日本の厚生労働省も、摂食障害を「難病」と位置づけ
専門的な医療支援が必要であると明記しています。
発症しやすいのは、主に先進国に住む若い女性(10~30代)であることが知られています。
発症のきっかけとしては
軽い気持ちで始めたダイエットの成功体験や、体型に関するからかいなどが挙げられます。
神経性食欲不振症がもたらす身体的影響は極めて深刻です。
最低限必要な食事量を大幅に下回るため、以下のような症状が現れます。
最悪の場合、命を落とす危険性すらあります。
重要なのは、消化器官などに問題があるわけではなく
体は生理的には食べ物を求めているにもかかわらず、「太ること」への恐怖心が勝り
食べる行為を極端に制限してしまうという点です。
つまり、「食べない」という行動は表面的な症状であり
治療ではその背景にある心理的要因を深く掘り下げ、理解していく必要があります。

なぜ、ここまで強く「食べたくない」と感じてしまうのでしょうか。
それは単なる「太りたくない」という一般的な感情とは異なり
深刻で持続的なものです。明らかに痩せすぎていてもなお
体重増加に対する恐怖が強く存在します。
神経性食欲不振症に至る要因は多岐にわたりますが、主なものを以下に挙げます。
I.痩せることを正義とする社会環境
現代社会では、「痩せていることが美しい」という価値観が強く根付いています。
テレビ、雑誌、SNSなど、あらゆるメディアを通じてスリムな体型の人々が賞賛され
特に若い女性に対して「痩せなければならない」という無言のプレッシャーがかかっています。
この影響は非常に大きく、神経性食欲不振症の患者は男性に比べて女性が圧倒的に多い
(男性の20倍)という統計データもあります。
また、先進国に多く発症し、途上国では稀であることからも
この「痩身信仰」が発症に深く関与していると考えられます。
特に、バレエダンサー、フィギュアスケート選手、モデルといった
「痩せた体型」が求められる職業では、発症率が高い傾向にあります。
II.食事制限の経験
最初は健康的な範囲で始めたダイエットでも
体重減少に伴う達成感や周囲からの賞賛によって「もっと痩せなければ」という強迫観念が強まり
過剰な食事制限へとエスカレートしていくことがあります。
この段階になると、「食事制限」そのものがアイデンティティの一部となり
制限を続けることに強いこだわりを持つようになります。
III.遺伝的要素
神経性食欲不振症には、遺伝的な要因も一定程度関与していると考えられています。
家族内に摂食障害を持つ人がいる場合、発症リスクが高くなる傾向があり
また一卵性双生児の方が二卵性双生児よりも発症率が高いことも確認されています。
神経伝達物質の一種であるセロトニン系の異常や、BDNF(脳由来神経栄養因子)に
関連する遺伝子が関連している可能性も指摘されています。
IV.性格傾向
神経性食欲不振症の発症には、以下のような性格傾向が影響することも知られています。
特に、幼少期に親からの十分な愛情を受け取れなかった経験(機能不全家族、虐待など)は
自尊心を傷つけ、結果として摂食障害の背景となることがあります。
V.ストレス
容姿に関するからかい、失恋、家庭環境の悪化などのストレスも
発症の引き金になることがあります。
また、ダイエットは「自分の努力だけで結果が出る」ため
外部のコントロールが及ばないストレスから自分を守る手段としても機能し得ます。

神経性食欲不振症の最も目立つ症状は「食事を取らないこと」ですが
それは氷山の一角にすぎません。
その根底には、自己否定感、強迫的な思考、過剰な体型への執着が存在します。
具体的には、
といった行動や認知の歪みが見られます。
さらに身体的には、
といった深刻な症状が現れます。
心理面においても、
といった精神的な問題を併発しやすく、単なる「食べない病気」ではないことがわかります。
まとめ
神経性食欲不振症は、単に「食べない」という行動だけを見て判断することはできません。
その背後には、深い自己否定感や生きづらさが隠れています。
本人が抱える心の痛みに寄り添い、「なぜ食べられないのか」
「なぜ太ることにこれほどの恐怖を感じるのか」を丁寧に掘り下げ
理解しようとする姿勢が求められます。
神経性食欲不振症は、時間をかけた治療と支援によって、克服が可能な病気です。
この疾患について正しい知識と理解が広がり、支え合える社会が広がることを心から願っています。