場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)とは、家庭など特定の安心できる場では普通に話せているにもかかわらず、学校や職場など緊張を伴う場面になると話すことができなくなる不安障害の一種です。本人は話したいと思っているにもかかわらず、声が出ない、喉が詰まるような感覚に襲われ、言葉を発することができなくなります。
一般的に3歳〜8歳頃に発症しやすく、思春期や成人後まで症状が続く場合もあります。症状が継続することで、対人関係や学業・就労に支障をきたすようになり、二次的にうつ状態や引きこもりなどの問題が生じることもあります。
子どもの場面緘黙症では、家庭では元気に会話をしているのに、保育園や学校では一言も話せないという状況が典型的です。先生に名前を呼ばれても返事ができない、友達と遊びたいのに話しかけることができない、といった状態が見られます。
これは「恥ずかしがり屋」や「人見知り」といった単なる性格の問題ではなく、「話したいのに体が動かない」「声を出すことに対する強い不安がある」といった心の状態が関係しています。本人は話さないのではなく、話せないのです。
こうした状態が長く続くと、本人の自己評価が低下し、集団生活への不適応、学業の遅れなど、さまざまな困難が現れます。

場面緘黙症は大人になっても続く場合があり、職場などで深刻な問題となることがあります。業務中に必要な会話ができない、電話応対やプレゼンが苦痛に感じられる、昼休みに同僚と話せず孤立するなど、日常的な業務や人間関係に支障をきたします。
本人の努力や意志だけでは改善が難しく、環境からの理解と支援が重要になります。特に、注目される場や緊張する状況では症状が強く出やすく、自己表現が極端に制限されることがあります。
場面緘黙症の原因は一つに絞ることはできませんが、以下のような要因が関係していると考えられています。
場面緘黙症の改善には、本人の努力だけでは限界があるため、専門的な治療が重要です。以下のような治療法や支援が効果的とされています。
場面緘黙症に最も効果があるとされているのが認知行動療法です。これは、「話すことに対して強い不安を感じてしまう」という誤った認知を修正し、段階的に不安を乗り越えていく治療法です。
最初は安心できる人との非言語的なやり取りから始め、少しずつ声を出す練習を進めていきます。個別に設定された課題をクリアしていくことで、成功体験を積み上げ、話すことへの抵抗感を減らしていきます。
重度の場面緘黙症では、不安感を軽減するために抗不安薬や抗うつ薬が処方されることもあります。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬は、不安のコントロールに役立つとされています。
ただし、薬物療法だけで完治を目指すのは難しく、あくまで心理療法と並行して用いる補助的な手段として考えられます。
言語聴覚士は、言語面の発達支援を専門とする国家資格の専門職です。話すことに困難を抱える子どもに対し、声の出し方、言葉の使い方、表現方法などを段階的に支援します。
また、非言語的な表現方法から始め、段階的に発話を促す技法を用いることで、緘黙状態の改善を図ることができます。
近年注目されている治療法の一つにTMS治療があります。これは、脳の特定部位に磁気刺激を与えることで、神経活動を調整し、不安やうつ状態を軽減する効果が期待される非侵襲的な治療法です。
保険適用はまだ限られているものの、通常の治療で効果が得られなかった場合の選択肢として導入されることがあります。
場面緘黙症の背景には、自己肯定感の低さや過去の傷つき体験がある場合も少なくありません。カウンセラーによる傾聴と共感的な対話を通じて、本人の安心感を高め、心の負担を軽減することができます。
カウンセリングでは、緘黙そのものにアプローチするだけでなく、生きづらさ全体に目を向けながら、本人の内面の整理や成長を支援します。

場面緘黙症の改善には、家庭や学校、職場などの環境からの理解と配慮が不可欠です。たとえば、以下のような支援が役立ちます。
周囲が「話さないのではなく、話せないのだ」という理解を持つことで、本人は少しずつ安心感を持てるようになり、症状の改善につながります。
場面緘黙症は、本人の性格や意志の問題ではなく、不安障害の一種です。話そうとしても声が出ないという苦しみは、本人にとって大きな負担となります。早期に気づき、認知行動療法やカウンセリング、薬物療法、言語聴覚士の支援など適切な治療を受けることで、少しずつ改善が期待できます。
無理に話させようとするのではなく、「今は声が出ないのだ」と理解し、安心できる環境を整えていくことが大切です。本人が自信を取り戻し、自分らしく言葉を発することができるようになるために、周囲の温かな支援が求められています。