
近年、「発達障害」という言葉が以前にも増して日常の中で耳にするようになりました。
SNSやテレビ、書籍を通じてその特徴が紹介され、関心も高まる一方で、
「発達障害」を軽はずみに口にする人も増えています。
なかには正式な診断が出ていないにもかかわらず、自分のミスやトラブルの言い訳として
「発達障害かもしれないから」と語る人もおり、こうした行動が問題視されています。
この記事では、そういった軽率な言動を「ファッション発達障害」と呼び、なぜそれが問題となるのか、また当事者としてどう向き合っていけばよいのかについて丁寧に解説していきます。

「ファッション発達障害」という言葉は正式な医療用語ではありませんが、
近年SNSなどを中心に使われるようになった表現です。
この言葉は、発達障害の診断を正式に受けていない人が、自身の失敗やうまくいかないことの
言い訳として「自分って発達障害かも」と軽く使うケースを指します。
たとえば仕事での遅刻や連絡漏れ、スケジュール管理の失敗など、誰にでも起こりうるような出来事に対して、「発達障害だから仕方ない」と自分で言い訳してしまうようなケースが該当します。
こうした言動が、実際に困難を抱えている当事者の苦労を軽視したり、
社会の理解を阻む要因になりかねません。

まず大きな背景として、発達障害という言葉の認知度が急速に高まったことが挙げられます。
テレビやYouTube、書籍、ネット記事などでその特徴がわかりやすく解説されており、
「もしかして自分も?」と感じる人が増えています。
ただし、ここには落とし穴があります。
発達障害の特徴の中には、多くの人が時折感じるような
「うっかり」や「不注意」も含まれます。
つまり、誰しも部分的には似たような特徴を持っている可能性があるのです。
しかしそれだけで「自分は発達障害だ」と決めつけてしまうことは、
誤解や混乱を生む原因となります。
X(旧Twitter)やInstagramなど、匿名で自由に発信できるSNSの影響も見逃せません。
顔や名前を出さずに投稿できることから、気軽に「自分って発達障害かも」など
と投稿するケースが目立っています。
問題は、それが冗談やネタのような文脈であっても、見る人によっては
「発達障害=だらしない人の言い訳」といった偏見を
強めてしまう可能性があることです。
結果として、本当に苦しんでいる人たちの声が届きに
くくなる事態を引き起こしてしまうのです。
ここで注意したいのが、「ファッション発達障害」と
混同されやすい「グレーゾーン」と呼ばれる人たちの存在です。
これは、発達障害の傾向が見られ病院を受診したものの、
診断基準を満たさなかったために正式な診断が下りなかった人たちを指します。
グレーゾーンの人々は、支援機関や障害者雇用などの制度が使えず、
生きづらさを抱えていても支援に繋がらないという課題を抱えています。
軽はずみに自称する“ファッション発達障害”とは分けて考える必要があります。

発達障害を理由にして、遅刻やミス、失敗を正当化しようとする言動は、
実際の当事者にとって深く傷つくものです。
本当に診断を受け、日常生活や仕事の中で支障を抱えている人たちは、
自分が発達障害であることを伝えること自体に勇気が必要です。
「どうせ言い訳でしょ」と思われたくないがために、
周囲に打ち明けることを躊躇する人も多いのです。
また、発達障害の特徴は一部だけを見れば誰にでも当てはまることがありますが、
当事者はそれが日常生活の多くの場面において、繰り返し現れ、
大きな困難を感じているという点で異なります。
軽々しく「自分も発達障害っぽいから」と口にすることは、
その深刻さを矮小化してしまう行為です。
発達障害のある人が遅刻やミスをしても、
「発達障害だから許される」
ということではありません。
企業や社会には「合理的配慮」という考え方がありますが、
これは「障害者が何をしても許される」ということではなく、
環境を調整して本人が活躍できるように整えることを意味します。
合理的配慮とは、障害者の「できない」を理由に排除するのではなく、
「どうすればできるか」を一緒に考え、実現に向けて支援していく姿勢のことです。
したがって、当事者も「できることは努力する」という前提のもと、
支援を受けながら社会参加していくのが望ましいのです。

「ファッション発達障害」的な発言が耳に入ってしまうと、不快に感じることもあるでしょう。
しかし、そのすべてに心を乱されていては、自分自身が疲れてしまいます。
多くの場合、そうした発言をする人たちには悪意がないことも多く、
知識が足りなかったり、冗談半分で言ってしまっていることもあります。
もちろん本来はなくなるべき発言ですが、あまり気にしすぎないという選択も、
自分を守るためには必要です。
一方で、どうしても不快に感じた場合は、その気持ちを
相手に伝えることも選択肢の一つです。
もし相手が自分の診断を知っているなら、「自分にとってその発言は傷つく」
ということを率直に伝えることで、誤解を解くこともできます。
相手が自分の診断を知らない場合は、
「一般的にそういう発言は当事者を傷つける可能性がある」
といった一般論の形で伝えるのも良い方法です。
それによって、相手が無自覚だった言動を見直すきっかけになるかもしれません。
もし相手も何らかの生きづらさを抱えているようであれば、
「一度検査を受けてみるのも選択肢だよ」
と伝えてみるのも優しいアプローチになるでしょう。

発達障害という言葉が世の中に広まり、多くの人に知られるようになった今だからこそ、
その扱いには慎重さが求められます。発達障害は決して「免罪符」ではなく、誰もが社会の中で尊重され、理解されながら共に生きていくために、正しい理解と配慮が必要です。
そして当事者である皆さんも、自分の困難と向き合いながら、
それを軽く扱う言動には必要に応じて声をあげたり、
気にしない選択をしたり、自分なりのバランスで社会と付き合っていくことが大切です。
「発達障害」という言葉が、本当に支援が必要な人のために使われ、
正しく理解される社会になることを願っています。