私たちは普段、「障害」という言葉から明確な線引きを想像しがちです。しかし、実際にはその境界にはっきりとした線があるわけではありません。その一例が「境界知能」です。今回は、この「境界知能」とは何か、そしてそこに伴う“しんどさ”について、5つの観点から丁寧に見ていきたいと思います。

「境界知能」とは、知的障害には該当しないものの、認知機能や学習能力において明確な困難を抱える状態を指します。具体的にはIQ70〜84の範囲にある方がこれに該当し、日本の人口の約13%が含まれるとされています。

この数値は、IQ69以下の知的障害(全体の約2%)よりもはるかに多い割合ですが、「障害」として法的に認定されないため、福祉制度の対象にはならないことが多く、支援が非常に受けづらいという現実があります。

境界知能は、見た目や日常会話では気づかれにくいことも多く、子ども時代や学生時代の「不適応」――例えば学業の著しい不振や集団生活でのトラブル――をきっかけに指摘されるケースがあります。また、成人後に仕事や人間関係で「うまくいかないことの連続」に直面し、その背景を探る中で初めてわかることも少なくありません。
では、境界知能の方々が直面する“しんどさ”にはどのようなものがあるのでしょうか。今回は代表的な5つの困難について詳しく紹介します。
1. がんばってもついていけない
境界知能の方々は、記憶力・思考力・表現力といった認知の基礎部分に広く困難を抱えています。そのため、同じ時間・同じ方法で努力しても、結果が伴わず、周囲との差が開いてしまうことがあります。
例えば、学生時代であれば授業についていけない、宿題が終わらない、同年代の会話についていけないといった場面があります。社会に出ても、複雑な仕事が覚えられない、仕事の進め方が理解できない、人間関係の変化に対応できないといった悩みを抱えることがあります。

努力することで一時的にカバーできることもありますが、それが過剰なストレスや疲弊につながり、結果的に長続きしないことも多いのです。
2. 人から低く見られる
境界知能の特性は「障害」ではなく「能力の問題」と捉えられがちです。そのため、がんばっても成果が出ない様子を見た周囲から「やる気がない」「要領が悪い」などと誤解され、軽視されたり馬鹿にされたりする場面が多くあります。
学生であれば、「一生懸命やっているのに点数が取れない」ことでからかわれたり、会話のテンポについていけないことで仲間外れにされたりすることがあります。大人になっても、「何度言っても覚えない」「見た目に気を使えていない」といった理由で職場での評価が下がることがあります。
そのような状況が続くことで、当事者の心には深い傷が残り、対人関係において萎縮や不信感を抱くようになってしまうことも少なくありません。

3. 自己肯定感が下がる
何度努力しても成果が出ず、失敗が積み重なっていくと、「自分はダメだ」「やっても無駄だ」といった思考に陥ってしまいます。これを心理学では「学習性無力感」と呼びます。

こうした自己否定的な感覚は、ストレスへの耐性を弱めるほか、自分で物事を決められなくなる「自己決定の困難」や、周囲への過度な依存につながるリスクもあります。やがて、「何をしてもうまくいかないから、最初からやらない」といった姿勢になり、チャンスを逃してしまうことも。
能力差だけでなく、経験値そのものにも差が生まれてしまい、結果的に「さらに差が広がる」という負のスパイラルに陥ってしまうことがあります。
4. 二次障害のリスク
境界知能そのものは病気ではありませんが、その特性ゆえに生じる慢性的なストレスや失敗体験から、うつ病や不安障害、さらには攻撃的・衝動的な行動といった「二次障害」が生じる可能性があります。

内側に向かえば、うつ状態や対人恐怖などが現れ、外側に向かえば、怒りや暴言・暴力、または無謀な行動に出ることもあります。これらの症状が現れることで、さらに周囲との関係が悪化し、問題が深刻化することもあります。
また、これをきっかけに心療内科や精神科を受診し、心理検査によって初めて境界知能が判明するというケースもあります。
5. サポートを受けにくい
最も深刻で構造的な課題が、「支援の制度に乗りにくい」という点です。知的障害であれば、障害者手帳の取得や障害者雇用、就労支援などの福祉制度が利用できます。


しかし、境界知能の場合は「障害」ではないため、原則としてそうした制度の対象外となります。その結果、支援が必要なのにどこにも頼れない、という状況に置かれやすくなります。
ただし、もし「うつ病」「不安障害」などの二次障害を伴っている場合には、主治医の判断により支援の対象となるケースもあります。自分一人で抱え込まず、医療機関や支援機関に相談することがとても大切です。

境界知能のしんどさに向き合ううえで大切なことは、無理のない「環境調整」です。生活や仕事の中で過度な負荷がかからないようにし、疲弊や二次障害を防ぐことが重要です。
また、二次障害が出てしまった場合には、薬物療法やカウンセリング、ストレスマネジメントの導入が効果を発揮することもあります。必要に応じて専門家の力を借りながら、少しずつ自分に合った環境を整えていくことが鍵となります。

境界知能は「障害」ではないがゆえに、周囲に理解されにくく、支援も受けにくいという、非常に見えにくい困難を抱えています。しかし、その影響は深刻で、日常生活や社会参加のあらゆる面で“しんどさ”を感じやすいのが現実です。
以下の5つが、境界知能における主な困難です。
その対策として、まずは「環境調整」を基礎に、無理のない暮らし方を模索することが大切です。そして、必要な場合には専門機関に相談し、適切な支援を得ることが、自分らしく生きていくための第一歩になります。
