私たちの心と体を整える「セルフケア」という考え方は、医療や福祉の現場をはじめ、近年ではメンタルヘルスの分野でも広く注目されるようになっています。もともとは生活習慣病の予防など、内科領域で広まった概念ですが、現在ではうつ病や発達障害など精神疾患に対しても、その有効性が期待されています。
今回は、精神科医の視点から、セルフケアの効果とその限界について丁寧に解説していきます。
セルフケアとは、自分自身の心身の状態を整え、より良い方向へ導いていく日々の取り組みを指します。これは、医師や専門職に頼るのではなく、自分自身が主体となってケアを行うことに特徴があります。
セルフケアの内容は多岐にわたります。大きく分けると以下のような種類があります。
こうした取り組みは、日々の習慣にすることで、メンタル不調の予防や改善に大きく貢献します。

セルフケアには以下のような効果が期待されます。
(1)精神疾患の発症・再発予防
定期的なセルフケアによってストレスを軽減し、心身のバランスを保つことができます。これにより、うつ病や不安障害などの発症や再発のリスクを抑える効果が期待されます。
(2)生活の質(QOL)の向上
規則正しい生活や自分にとって心地よい習慣を持つことは、精神的な安定をもたらします。たとえば、統合失調症の方であれば、認知機能の低下による生活上の困難を補う形でセルフケアを取り入れることができます。発達障害の方の場合も、セルフケアを通じて特性に合った暮らし方を見つけ、生活全体の質を上げることができます。
(3)自己効力感の向上
「自分で自分をケアできた」「症状が落ち着いた」といった成功体験は、自己効力感を高めます。これにより、今後新たな困難に直面した際にも、自信を持って対処する力がついてきます。とくに、二次障害(うつなど)を予防するうえで重要な要素となります。
セルフケアは有効な手段である一方で、すべてを解決できる万能な方法ではありません。以下に限界について解説します。
(1)効果が出るまで時間がかかる
セルフケアは、即効性のある対処法ではありません。基本的には日々継続することで、数週間から数ヶ月後に効果が現れるという性質を持っています。そのため、途中で挫折してしまうことも少なくありません。
(2)薬の代替にはならない
精神疾患の中には、脳内の神経伝達物質に異常がある場合も多く見られます。たとえば、統合失調症はドーパミンの過剰活動が関与しており、抗精神病薬による治療が不可欠です。セルフケアはこのような「病気の根本的な要因」を治すものではありません。薬の代わりにセルフケアのみで対応しようとすると、むしろ再発や悪化を招くリスクがあります。
ただし、抗不安薬や睡眠薬など、症状に応じた対症療法の部分では、セルフケアが代替手段になりうることもあります。これらの薬を減らしていく過程では、セルフケアを併用することが推奨されます。
(3)不調のときは実行が難しい
セルフケアには、一定の意欲や思考力、判断力が必要です。ところが、急性のうつ状態や統合失調症の陽性症状が強いときなど、状態が非常に悪いときには、セルフケアを実行する余裕すらないことがあります。そういったときには、無理をせず、早めに医療機関を受診することが最優先となります。

精神疾患といっても、その種類や症状の現れ方は多様です。以下に代表的な疾患ごとのセルフケアの工夫を紹介します。
(1)うつ病
うつ病は適切な治療により治癒が可能な疾患です。セルフケアは、再発予防に特に効果を発揮します。
(2)統合失調症
統合失調症では薬物療法が治療の中心になりますが、セルフケアを併用することで再発予防や生活の安定が期待できます。
(3)発達障害(ASD、ADHDなど)
発達障害の場合、根本的な特性が消えるわけではありませんが、セルフケアを通して生活の質を高めることは可能です。
セルフケアは、精神疾患に対する有効な補助的手段として、多くの面で役立つことがわかっています。うつ病や統合失調症、発達障害など、それぞれの疾患特性に合わせてセルフケアを行うことで、予防・改善・再発予防・生活の質の向上などの効果が期待できます。
一方で、セルフケアは「万能」ではありません。即効性には欠け、症状が重いときには実行が難しいこともあります。とくに、薬の代わりにはならない点をしっかりと理解し、医療と併用していく視点が重要です。 自分自身の状態を見つめ、必要なときには医療の手を借りながら、可能な範囲で日々のセルフケアに取り組むこと――それが、心の健康を守るための現実的で効果的な方法と言えるでしょう。