精神医療の現場では、患者さんが自らの病状を「受け入れる」という過程が、治療と回復の大きな一歩となります。しかしながら、精神疾患のなかには、その現実を受け入れること自体が非常に難しいものも少なくありません。こうした背景には、「否認」という心理的な防衛機制が関係しています。この記事では、精神疾患における「否認」と、それに対して有効な支援方法とされる「介入(インターベーション)」について、丁寧に解説します。

「否認(denial)」とは、精神的なストレスや受け入れがたい現実に対して、それを「なかったこと」として扱う心の働きです。これは精神分析の分野で「防衛機制」の一つとされ、私たちが精神的な安定を保つために無意識に用いるものです。
否認は一時的には心を守る役割を果たしますが、長期的には問題の本質に向き合うことを避けることになり、結果として実害を生むことがあります。とりわけ以下のような精神疾患においては、否認が顕著に見られることがあります。
精神疾患に限らず、いかなる病でも治療に進むためには、自分自身の状態を「受け入れる」ことが不可欠です。受け入れがなければ、自発的な治療への参加が難しく、回復のための継続的な努力も続けづらくなります。
しかし、家族や支援者が善意で「受け入れなさい」と説得を重ねても、多くの場合それは逆効果になります。本人はそれを「攻撃」や「批判」と受け取り、かえって否認が強まることがあるのです。つまり、治療を前進させるには「受け入れ」のタイミングや方法が非常に重要なのです。

本人が自分自身で現実を受け入れるきっかけとなるのが、「底付き(ボトム)体験」と呼ばれる出来事です。
他人に言われて無理に現実を直視させられることは、心理的な抵抗を強め、回復の意欲を奪うことにつながります。一方で、自分自身の体験を通じて「もうこのままでは生きていけない」と感じたときに、人は初めて現実と向き合い始めます。
「底付き」とは、問題が悪化の一途をたどり、逃げ道がなくなるような状態に至ることです。たとえば、依存症の人が家族を失い、職を失い、金銭的にも破綻し、もう続けられないという限界に達するような体験です。このような危機的な状況が、否認を破り、現実を受け入れる契機となることがあります。
底付きは、たしかに一部の人には強力な転機となることがあります。しかしながら、それは非常に大きな代償を伴います。実際に底付き体験には以下のような問題点が指摘されています。
こうした批判を受けて、最近ではより穏やかな形での「現実との直面」の方法が模索されるようになっています。

底付きに頼らず、より早期の段階で本人が現実と向き合えるようにするために、「介入(intervention)」という手法が用いられることがあります。
介入とは、本人の人格や尊厳を尊重しながら、現在の問題行動に対して明確なフィードバックを与え、変化を促す方法です。これは強制や説教ではなく、「あなたの存在は大切に思っている」という姿勢を基盤にした関わりです。
たとえば、アルコール依存症のケースでは、次のような介入が行われることがあります。
このように、相手を否定することなく、問題とその改善方法に焦点を当てて伝えるのがポイントです。
また、発達障害の特性により他害行為がある場合も同様です。
介入を成功させるためには、以下の点が重要です。
こうした対応は、否認に覆われた本人の心に届きやすく、強い抵抗を引き起こさずに現実への直面を促す効果があります。

精神疾患においては、「否認」という心理的な防衛機制が、治療への第一歩である「受け入れ」を妨げることがあります。そしてその否認を無理に打破しようとすると、かえって反発を招き、逆効果になりかねません。
「底付き体験」は確かに本人の意識を変えるきっかけになり得ますが、深刻な損失やリスクも伴います。そこで注目されているのが「介入」という支援の方法です。これは、本人を尊重しながら問題行動に焦点を当て、治療や改善に向かわせるアプローチです。
精神疾患を持つ人々との関わりにおいては、強制ではなく、共感と尊重の気持ちを持ちつつ、現実への直面と回復への道筋を丁寧に支えていくことが、何より大切だと言えるでしょう。