ハームリダクション

ハームリダクション

ハームリダクションとは──根治が難しい問題にどう向き合うか

今回は、「ハームリダクション」という考え方について取り上げたいと思います。

この言葉はあまり耳慣れないかもしれませんが、依存症や発達障害、パーソナリティ障害など、長期にわたりつき合っていく必要がある精神的な困難に対して、非常に現実的で柔軟な対応策として注目されているアプローチです。ここでは、依存症をはじめ、発達障害やパーソナリティ障害においてどのようにハームリダクションの視点が役立つかをわかりやすく解説していきます。

依存症とハームリダクション

依存症とハームリダクション

まず、依存症について簡単に振り返っておきましょう。

依存症とは、特定の物質(例:アルコール、薬物)や行動(例:ギャンブル、ネット、買い物)に対して、本人の意思に反して過度に依存してしまう状態です。依存が進行すると、健康状態や人間関係、仕事や経済状況など、生活のあらゆる面に悪影響を及ぼすようになります。

さらに厄介なのは、依存している本人が自覚しにくいという点です。依存症は、ただの「やめられないクセ」ではなく、れっきとした病気です。しかし、その理解が追いつかないまま、周囲とのトラブルや孤立が深まってしまうことも少なくありません。

こうした依存症への対応として、理想的には「断つ」こと──たとえばアルコール依存症であれば断酒──が望ましいとされています。しかし、現実的には「完全に断つ」ということ自体がとても難しく、再飲酒や再使用のリスクも常に付きまといます。なかには、何度も断とうとして失敗を繰り返し、自信を失ってしまう人もいます。

こうした背景から登場するのが「ハームリダクション(harm reduction)」という考え方です。直訳すると「害の削減」。つまり、依存を完全にやめることが難しい場合でも、まずは「悪影響をできるだけ減らす」ことを目標としようという現実的なアプローチです。

ハームリダクションの具体例

ハームリダクションの具体例

ハームリダクションの代表的な例に「減酒」という取り組みがあります。断酒が難しい人に対して、いきなりゼロにするのではなく、少しずつ飲酒量を減らすことで、自身や周囲への悪影響を軽減しようとするものです。

このアプローチは「甘い」と批判されることもあります。「根本的な解決になっていない」「依存を容認しているのでは?」という意見もあるでしょう。しかし、その一方で、依存症の特性や背景を踏まえると、「まず悪影響を減らし、そこから少しずつ生活を立て直していく」という現実的な方法として高く評価する専門家もいます。

発達障害とハームリダクション

発達障害とハームリダクション

続いて、発達障害との関連についても触れておきましょう。

発達障害は、生まれつきの特性として、こだわりが強い、衝動性が高い、社会的なやり取りが苦手などの傾向を持つ状態です。代表的なものにASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)などがあります。

これらの特性自体は、病気というより「脳の発達のあり方の違い」とされており、根本的に取り除くことはできません。しかし、特性が社会の中でうまくかみ合わないときには、うつ病や不安障害といった「二次障害」を引き起こすこともあります。

発達障害の支援においても、実は多くの場面でハームリダクション的な対応が取られています。

つまり、「特性は残るもの」として受け入れた上で、問題となる行動や強い衝動、自他への悪影響をいかに減らしていくかに焦点を当てるのです。たとえば、こだわりの強さを否定するのではなく、「こだわりを活かせる場所を見つける」「強い衝動が出やすい場面では環境調整する」など、本人の特性に合わせた柔軟な工夫が重要になります。

完璧を求めず、少しずつ悪影響を減らしていく──このスタンスこそ、発達障害と向き合う上でのハームリダクションと言えるでしょう。

パーソナリティ障害とハームリダクション

最後に、パーソナリティ障害との関わりについて見ていきます。

パーソナリティ障害とは、長期にわたって持続する思考や感情、衝動のパターンに偏りがあり、それが自分自身や他者との関係に強い影響を及ぼす状態です。代表的なものには境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害などがあります。

この障害は、生まれつきの素因に加えて、環境要因や人間関係の積み重ねが影響するとされており、変化には長い時間がかかります。また、本人が「障害」とレッテルを貼られることに葛藤や反発を覚える場合もあります。

ここでも、無理に性格そのものを「治す」のではなく、自分や周囲に対して問題となる行動を減らすことに注力するハームリダクション的な考え方が有効です。たとえば、感情の爆発を予測して予防する工夫をしたり、衝動的な行動を取る前にひと呼吸おける支援を取り入れるなどの方法が考えられます。

このように、性格の「偏り」そのものは変わらなくても、関係のトラブルや衝動的な行動を減らしていくことで、生活全体の安定につなげることが可能になります。

まとめ──ハームリダクションの意義と可能性

まとめ──ハームリダクションの意義と可能性

ここまで、ハームリダクションという考え方を、依存症、発達障害、パーソナリティ障害のそれぞれについて見てきました。

ハームリダクションとは、簡潔に言えば「根治が難しいときに、悪影響を減らすことを目的とする現実的な方法」です。

もちろん、理想的には根本からの回復や完治が望ましいでしょう。しかし、現実には「治すことが難しい」「すぐには変われない」といった状況の中で苦しんでいる人がたくさんいます。そうした方々にとって、完璧を求めすぎず、まずは害を減らすというスタンスは大きな希望となります。

ハームリダクションは、「あきらめ」ではありません。「現実を見据えた前向きな一歩」です。そしてその一歩が、本人や周囲の生活の質を大きく改善していく可能性を秘めています。

依存症だけでなく、さまざまな精神的な困難や障害においても、今後ハームリダクションの視点がさらに活用されていくことが期待されます。