近年、「皮膚をついむしってしまう」というご相談を、心療内科・精神科の外来でも耳にすることが増えてきました。初めは些細な癖として始まった行為が、やがて無意識のうちに繰り返され、皮膚に痛みや傷を生じるようになり、心身ともに深刻な影響を及ぼすようになるケースもあります。
今回は、そのような症状を引き起こす「皮膚むしり症」について、具体例を交えながら詳しくご紹介いたします。
Aさんは几帳面で真面目な性格の持ち主。常に何かに緊張している状態が続くような日常を送っていました。ある日、ふと手のささくれをめくってみたところ、予想外に心が少し軽くなるような、奇妙な安堵感を覚えました。
それ以来、Aさんは皮膚をむしる行為を繰り返すようになりました。最初は意識的だったものの、回数を重ねるうちに徐々に無意識のうちに皮膚をむしってしまうようになり、気が付けば手の皮膚は赤くただれ、出血を伴う状態にまで悪化していたのです。
皮膚科を受診したところ、「皮膚むしり症」という診断が下され、精神的な要因が背景にあることから、心療内科の受診を勧められました。

皮膚むしり症(英: Skin Picking Disorder)は、医学的には「反復性皮膚摘み症」とも呼ばれ、自身の皮膚をむしる・引っ掻くなどの行為を繰り返してしまう精神的な障害です。以下のような特徴があります:
この症状は「抜毛症」や「爪かみ症」、「皮膚ひっかき症」などとも類似性があり、いずれも強迫的な行動の一種と考えられています。特に「むしる行為」が頭から離れず、繰り返さずにはいられない点は「強迫性障害」と非常に似ており、強迫観念や行動の連鎖が関与しているとされています。
皮膚むしり症は、単なる癖のように見えることもありますが、進行すると様々な問題を引き起こします。


精神疾患の診断マニュアルDSM-5によると、皮膚むしり症は以下のような条件を満たすことで診断されます。
A. 繰り返される皮膚むしり行為により、明らかな皮膚の損傷が生じている
B. 行動をやめようと試みているが繰り返してしまう
C. 症状が日常生活に重大な苦痛や障害をもたらしている
D. 他の皮膚疾患や物質(例:薬物)によるものではない
E. 他の精神疾患(例:統合失調症、うつ病など)では説明できない
皮膚むしり症の行動には、次のような心理的・生理的メカニズムが関わっていると考えられています。
ストレスや緊張状態が高まったとき、あえて「痛み」を感じることで神経の過剰な高ぶりが緩和され、一時的に安心感を得ることがあります。
「皮膚が気になる」「むしらずにはいられない」といった強迫的な思考が生まれ、それに従うようにして行動を繰り返してしまう。
繰り返すうちに、無意識に手が皮膚に伸び、気づいたときにはすでにむしってしまっている。これは習慣となり、やめようと思っても理屈ではコントロールできなくなります。
皮膚むしり症と似た症状を示す病気もあり、正確な診断には注意が必要です。
皮膚むしり症には、明確な「標準治療」がまだ確立されていません。しかし、次のような複数のアプローチを組み合わせることで、症状の軽減や改善が期待できます。
うつ病や強迫性障害がある場合は、抗うつ薬(SSRIなど)を使用することがあります。これにより、根本の不安や抑うつが軽減され、皮膚をむしる行為が落ち着いてくることがあります。
自分がいつ、どんなときに皮膚をむしっているかを記録することで、無意識の行動に気づき、コントロールする手がかりになります。自分の状態を「観察する」ことが第一歩です。
あえて「むしらずにいる」ことに取り組む行動療法です。不安感が高まる初期段階では難しさを伴うため、少しずつ段階的に行うことが重要です。場合によっては薬物療法との併用が効果的です。
背景にある緊張や不安、疲労感を軽減するための生活改善が不可欠です。睡眠の質や休息、リラクゼーション法の導入なども症状緩和に役立ちます。
皮膚むしり症は、一見すると単なる癖のように思えるかもしれませんが、その背景には強い不安やストレス、そして強迫性障害と共通する心理メカニズムが存在しています。放置すると、皮膚の炎症や感染だけでなく、自己評価の低下、人間関係の問題など、さまざまな困難を引き起こす可能性があります。
早期に自分の症状に気づき、適切なサポートや治療を受けることで、症状の改善は十分に可能です。悩んでいる方は、皮膚科だけでなく、心療内科や精神科への相談も視野に入れてみてください。