近年、企業や学校、家庭といった様々な場面で「心理的安全性」という言葉を耳にするようになりました。これは単なる流行語ではなく、現代の働き方や人間関係のあり方を考えるうえで非常に大切な概念です。
特に適応障害やうつ病といったメンタルヘルスの問題が広く知られるようになった現在、心理的安全性の確保は個人の心の健康を守るうえで欠かせない土台と言えるでしょう。
この記事では心理的安全性の基本的な意味から、それが低い状態で起こるリスク、そして心理的安全性を高めるための具体的な対策までを詳しく解説していきます。
心理的安全性はハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「対人関係において、リスクのある行動をしても罰せられない、安心して発言や提案ができる状態」を意味します。

ここで言う「リスクのある行動」とは、例えば以下のようなものです。
こうした行動には「批判されるかもしれない」「恥をかくかもしれない」といった不安が伴います。しかし心理的安全性が高い場であれば、そのような不安を感じることなく自由に行動できるのです。

心理的安全性が高い場では人々が安心して発言・行動できるため、以下のような好循環が生まれます。
一方、心理的安全性が低い場では、
といった悪循環が生まれてしまいます。
心理的安全性については、「とにかく褒めておけばよい」「否定せずに受け入れることが大事」といった誤解も少なくありません。
確かに相手を傷付けずに受け止める姿勢は大切ですが、「褒める」ことと「意見を自由に言い合える」ことは別です。

むしろ、褒め合いばかりで本音が言えない場は逆に「意見を言ってはいけない雰囲気」が漂い、心理的安全性は高くありません。建設的な意見交換が無くなり、生産性も上がらないのです。
現代の組織では、心理的安全性の低さが「甘い組織」と「厳しい組織」の両極端として現れることがあります。
人間関係は穏やかでも、本音や意見が出にくく変化や成長が起きにくい
意見や結果に厳しいが、人格否定や競争によって精神的に疲弊する
この二極化の背景には、「仕事の成果」と「人間性」が混同されがちな日本特有の文化があります。仕事の批判がそのまま人格否定と受け取られてしまうため、どちらも中途半端になりがちなのです。
心理的安全性が低下すると、メンタルヘルスにも悪影響が及びます。以下はその典型例です。
自分の本音を抑え、周囲に合わせ過ぎることで精神的疲労が溜まる
本音で話せない場にいることで、他者への信頼感が薄れやすい
ストレスが長期間持続することで心身に不調が現れる
これらは職場だけでなく、親子関係や友人グループといったあらゆる人間関係で起こり得る問題です。
職場で心理的安全性が低いとパワハラやマイクロマネジメントが発生しやすくなり、職場全体が疲弊していきます。ミスを報告しづらくなり改善も進まないため、生産性も低下します。
親の要求に応えた時だけ認められる「条件付きの承認」や厳し過ぎる育て方は、子どもにとって心理的安全性を著しく損ないます。その結果自己否定感や対人不信、精神的不調のリスクが高まります。
いじめや無視といった直接的なものだけでなく、ちょっとしたマウンティングや揶揄なども心理的安全性を低下させます。長期的には人間関係に対する不信感が強くなり、精神的な孤立を招く恐れがあります。
心理的安全性を高めるには、以下の3つの柱が重要です。
「人格」と「仕事上の行動・意見」を混同しない意識が必要です。批判は行動に対して行い、人そのものを否定しないことを徹底します。これは特に日本において意識的に取り組むべき課題です。
本音を言い合えるには、土台となる信頼関係が不可欠です。上司と部下、親と子といった上下関係がある場面では、相手の特性に合わせた関わり方が求められます。まるで舞台脚本の「当て書き」のように、個性に応じて役割やアプローチを変えていくことが効果的です。
ビジョンや目標、タスクを明確にすることで意見を交わしやすくなり、混乱も少なくなります。特に注意すべきは「ダブルバインド(二重拘束)」です。ある場面では「やれ」と言い、別の場面では「やるな」と言うような矛盾した指示は、人を混乱させ心理的安全性を著しく下げてしまいます。
心理的安全性は、単なる「居心地の良さ」ではありません。リスクを恐れずに意見を述べ、ミスから学び、新しい挑戦ができる土壌を作ることです。
職場でも家庭でも、関係性を築きながら意見を交わし合える場を作ることは、結果として心の安定やパフォーマンス向上にも繋がります。
「人には優しく、仕事には厳しく」。この姿勢こそが心理的安全性の本質であり、個人のメンタルヘルスを守りながらチームや組織の成長を促す力になるのです。