〜安心とリスクを理解し、上手に向き合うために〜
現代の医療において、睡眠薬や抗不安薬は多くの人にとって重要な支えとなっています。不眠や強い不安に悩む方にとって、これらの薬は日常生活を取り戻すための有効な手段です。しかし、それと同時に、毎日服用を続けることで生じるリスクについても十分な理解が必要です。
ここでは、睡眠薬や抗不安薬を毎日飲み続けた場合に起こりうる代表的な5つのことについて、医療的な視点から丁寧に解説します。

まず最初に挙げられるのは、「薬に慣れてしまう」という現象、すなわち「耐性の形成」です。
前提として、医師の指示のもとで睡眠薬や抗不安薬を飲み続けること自体が必ずしも悪いわけではありません。長期的に必要な方も少なくありません。しかし、これらの薬の多くには「初めて飲んだときが最もよく効く」という特徴があります。
多くの睡眠薬・抗不安薬は、脳内のGABAA受容体という神経の働きを抑える部分に作用し、眠気や安心感をもたらします。これはお酒の働きに似ており、初めて飲んだ時には少量で強く効果を感じますが、次第に体が慣れてしまい、同じ量では効きにくくなってしまうのです。
これが「耐性の形成」です。薬が効きにくくなると、より強い薬や量の増加が必要になり、長期的には悪循環に陥るおそれがあります。そのため、薬を使い始める時点で、いずれ減らす・止めることを視野に入れた治療計画を主治医と立てることが望ましいといえるでしょう。

次に気をつけたいのが、「認知機能への影響」、特に物忘れや判断力の低下といった症状です。
これは特に高齢者において注意が必要です。睡眠薬や抗不安薬を飲んでいると、薬が効いている時間帯に集中力や記憶力が一時的に低下することがあると、多くの研究で報告されています。
ただし、これが「認知症を引き起こす」という明確な証拠は今のところありません。薬の影響で一時的に認知機能が鈍くなる、というのが正確な理解です。
一方で、若年層においては、不安感や焦りが強すぎる場合に抗不安薬を使用することで、かえって思考がクリアになることもあります。
高齢の方で物忘れが目立つようになってきた場合は、薬の量を見直したり、休薬日を設けたりするなどの工夫が必要になります。

睡眠薬や抗不安薬の服用により、身体のふらつきやバランスの崩れが起こることがあります。特に高齢の方では、「転倒によるケガ」という深刻なリスクに直結するため注意が必要です。
古いタイプの薬には筋弛緩作用や運動機能を一時的に鈍らせる副作用を持つものがあり、それによって夜間のトイレなどで転倒してしまい、骨折を招くこともあります。
自分では「ふらついていない」と感じていても、薬を服用していない時と比較すると、実際には転倒リスクが上がっているケースも多くあります。たった一度の転倒が、その後の生活の質を大きく左右することもあるため、65歳以上の方には特に慎重な薬の選択が求められます。

一見すると逆説的に思えるかもしれませんが、「睡眠薬や抗不安薬によって不眠や不安が悪化してしまう」というケースも存在します。
これらの薬は短期的には非常に効果的です。しかし、その効果に頼り切ってしまうことで、不安や不眠の根本治療がなおざりになることがあります。
不安の治療の基本は、不安によって避けていた行動に少しずつ取り組む「曝露療法」や「認知行動療法」などを通じて、徐々に心の耐性を高めていくことです。
また、不眠症の治療では、睡眠衛生の改善(睡眠環境の見直し、生活リズムの調整など)が重要です。
薬に頼りすぎると、いざ薬が効かなくなった時に途方に暮れたり、不安や不眠が悪化して薬の量が増えていく「悪循環」に陥る可能性があります。薬だけに頼らず、非薬物療法との併用を意識することが非常に重要です。

最後に、「やめるのが難しい」という問題があります。これは睡眠薬や抗不安薬の長期使用における最大の壁のひとつです。
一部の薬には、脳の快楽中枢を刺激する作用があることが分かっています。これは、毎日の服用によって少しずつ「気持ちよさ」や「安心感」を感じ続ける状態を作り出してしまうということです。
こうした状態が続いた後に、薬を急に止めると、「名残惜しさ」や「違和感」を感じやすくなり、さらには「再発」「反跳」「離脱症状」といった困難が起こることがあります。
たとえば、薬をやめたとたんに、以前よりも強い不眠や不安が出てきたり、動悸や発汗、しびれといった体の症状が現れることもあります。
これらは決して「意志が弱いから」ではありません。薬の性質上、誰にでも起こりうるものです。だからこそ、「やめるのが辛い」と感じたときは、自分を責めるのではなく、医師とよく相談しながら、ゆっくり時間をかけて段階的に減薬していくことが大切です。
睡眠薬や抗不安薬は、多くの人にとって欠かせない治療の一部です。その効果は確かであり、必要な方にとっては生活の質を保つ重要な手段です。
しかし、その一方で、長期的な使用には耐性、認知機能への影響、転倒リスク、依存、離脱といった副作用が潜んでいます。
だからこそ、「飲み始めるときから、将来どう減らしていくかを考えておく」ことが重要です。そして何よりも、「薬以外にできることを探り続ける姿勢」を持つことが、自分らしい回復につながっていくはずです。
最後に、薬を止めたいと思ったときや、副作用が気になったときは、決して自己判断せず、必ず主治医に相談しましょう。焦らず、ゆっくりと、そして自分自身のペースで向き合っていくことが、何よりも大切なことなのです。