――最新の知見から読み解くリスクと対策――
うつ病は「こころのかぜ」と呼ばれるほど身近になりましたが、その発症機序はいまだ完全には解明されておりません。ただし「なりやすさ」を左右する因子は数多く報告されています。本稿では、意外と知られていない六つのリスク要因をとり上げ、背景と対策を丁寧にまとめました。ご自身や大切な方のメンタルヘルスを守る参考になれば幸いです。
日本人の約70%は、セロトニンの再取り込みに関わる「セロトニントランスポーター遺伝子」のS型を有しているといわれます。この型はストレスに対する感受性が高く、セロトニンを消耗しやすい傾向が示唆されています。もっとも、S型は真面目さや協調性といった長所にも結び付くため「リスク=欠点」ではありません。遺伝的な素地を理解しつつ、十分な休息とストレスマネジメントを意識することが肝要です。

大都市では田舎と比べ、うつ病や不安障害の発症率が2〜4割高いというデータがあります。騒音・人間関係の希薄さ・経済格差が複合し、脳の扁桃体(恐怖や不安を司る部位)の活動を高めるためです。対策としては、①耳栓や遮音カーテンで環境ストレスを低減する、②オンラインも含めたコミュニティに参加し孤立を防ぐ、③週末は自然豊かな場所で過ごし脳をリセットするといった方法が有効とされます。
夜間の強い人工光は、睡眠ホルモン「メラトニン」の分泌を妨げます。メラトニンはセロトニンから作られるため、その不足は結果的にセロトニン機能の低下―すなわち抑うつリスクの上昇―につながります。就寝1〜2時間前には室内照明を暖色で暗めにし、スマートフォンやPCのブルーライトを軽減する設定をお勧めします。眠りの質を守ることが、翌日の意欲を底上げします。
1日5時間以上座る人は、そうでない人に比べてうつ病発症リスクが約2倍になるという報告があります。長時間座位は全身の血流を滞らせ、脳への酸素・栄養供給を妨げるほか、炎症性サイトカインを増やし気分を落ち込みやすくします。デスクワーク中心でも、30〜60分に一度は立ち上がり軽いストレッチを挟む、昼休みに10分だけ屋外を散歩するなど“小分け運動”を習慣化しましょう。

SNSは便利な一方、①他者との比較、②誹謗中傷の暴露、③通知による睡眠障害、④依存そのものによる脳報酬系の乱れ――といった多面的リスクを抱えます。使用時間が長いほど抑うつ傾向が高いことも知られています。1日の利用時間を決め、就寝前はデジタルデトックスを行う、信頼できる友人だけをフォローするなど“質と量”のコントロールが予防の鍵です。
幼少期の虐待や貧困、災害経験、重篤な事故――これら逆境体験を持つ人は、うつ病リスクが2~3倍に跳ね上がるとされます。慢性的なストレスにより脳の扁桃体や海馬の発達に影響が生じ、成人後もストレス耐性が低下するためです。もし過去の出来事が現在の生活に影響を及ぼしていると感じたら、専門家によるカウンセリングやトラウマセラピーを早めに検討してください。心理教育に加え、EMDRやアートセラピーなど多様な選択肢があります。
うつ病の原因は単一ではなく、遺伝・環境・生活習慣・過去の体験が複雑に交差しながら影響します。本稿で取り上げた六つの要素は“避けられないもの”も含まれますが、どれも意識と行動でリスクを下げる余地があります。遺伝的素因を知ったうえでセルフケアを行い、都会でも光と騒音を調節し、小さな運動を取り入れ、SNSを使いこなす――こうした日々の選択が未来のこころを守ります。もし今すでに強い落ち込みや不安が続いている場合には、早めに精神科・心療内科へご相談ください。専門的な治療に生活習慣の工夫を合わせることで、回復への道はより確かなものになります。