本日は「物忘れ」についてお話ししたいと思います。冒頭のご質問は、まだ20代とお若い方からのものでした。そのため、ここで言われている「物忘れ」は、いわゆる認知症によって生じる記憶障害とは性質の異なるものと考えられます。
とはいえ、「覚えようとしてもなかなか頭に入らない」「一度聞いたことをすぐに忘れてしまう」といった状況は、日常生活において非常に困りごとになりますし、本人にとっては大変深刻な悩みにもなり得ます。そこで今回は、記憶の仕組みについて基礎的な部分を確認しながら、特に若い方に見られる「覚えにくさ」の原因と、それに対する具体的な対処法についてご紹介していきます。

まず、私たちが何かを「記憶する」という行為は、単一のプロセスではありません。そこには大きく分けて三つの段階があります。それが「記銘(きめい)」「保持(ほじ)」「想起(そうき)」の三段階です。
最初の段階は、「記銘」と呼ばれるものです。これは、新しい情報を脳に“登録する”プロセスにあたります。つまり、外部から得た情報を、脳内に取り込む第一歩です。
続いて、その登録された情報を脳の中に「保管」しておく段階に移ります。これが「保持」です。この期間は非常に幅があり、数分間という短期のものから、数十年にわたって記憶される長期記憶までさまざまです。
最後の段階が、「想起」、つまり“思い出す”作業です。これまでに記銘し、保持していた情報を必要なときに取り出す、いわば記憶の再生段階です。
記憶に関する不調がどの段階に起こるかによって、対処法も変わってきます。
高齢者に見られる認知症、とくにアルツハイマー病では、保持および想起の段階に障害が生じることが多く、記憶された内容が思い出せない、もしくは記憶が保たれないという特徴があります。
しかし、若い方が「覚えられない」と訴えるケースでは、ほとんどの場合、「保持」や「想起」ではなく、「記銘」の段階でつまずいていることが多いのです。つまり、「覚えたつもり」であっても、実際には最初の段階で脳にうまく情報が入っていない、記録されていないということが原因であると考えられます。
若く健康な方で、特に病気や薬の影響がない場合、最大の原因は「注意力の不足」であることがほとんどです。「集中しているつもり」でも、実は注意が分散していて、情報がしっかりと脳に入り込めていない状態です。

ここからは、注意力の不足による「記銘」の問題を改善するための、三つの具体的な工夫をご紹介します。
① 興味関心をもつ──「自分ごと」に変える
まず第一に大切なのは、「覚えようとしている内容に興味を持つ」ということです。私たちの脳は、意味を感じられない情報に対して注意を向けるのが苦手です。
「これって自分の生活にどんな関係があるんだろう?」「これができるようになったら、私にどんなメリットがあるんだろう?」──このように、目の前の情報を自分自身の興味や関心、仕事、趣味などに結び付けて考えると、自然と集中力が高まり、記憶に残りやすくなります。
② 自分に合った覚え方を選ぶ──「物や人に頼る」
次に重要なのは、「自分が覚えやすい方法を見つけること」、つまり記憶スタイルを意識することです。人には、視覚優位、聴覚優位、体感覚優位といったように、記憶しやすい感覚のタイプがあります。
たとえば、視覚で覚えるのが得意な人であれば、メモや図、写真にして記録するのが有効です。音で覚える方は、録音したり口に出して繰り返すと効果的です。また、誰かと一緒に学ぶことで理解が深まるタイプの人は、同じ内容を誰かに説明する、あるいは質問し合うなどの方法が効果的です。
人や物に頼ることは、決して「ズル」ではありません。むしろ、記憶の質を高めるための「戦略」なのです。
③ アウトプットする──「おさらい」で記憶を定着
三つ目の方法は、「おさらい」です。つまり、覚えた内容を何らかの形で再確認し、アウトプットすることです。
たとえば、教わった手順をその場で実践してみる、聞いた話を自分の言葉で言い直してみる、図や絵にして視覚化してみるなど、方法は多岐にわたります。大事なのは、「見ただけ」「聞いただけ」で終わらせないことです。
覚えた直後に一度でも手を動かして再現したり、他人に説明したりするだけで、記憶への定着度は格段に上がります。
以上のように、「物忘れがひどくて困る」という悩みを抱える若い方の多くは、実は「記憶できていない」のではなく、「記憶しようとしている段階で情報が脳に入っていない」状態であることが多いのです。
だからこそ、「覚える」という行為の最初の一歩を丁寧に意識し、注意力を向上させ、覚え方に工夫を凝らすことが大切です。
・興味を持って取り組む
・自分に合った方法を選び、物や人に頼る
・必ずおさらいする(アウトプットする)
この三つのステップを実践することで、記憶力に対する悩みは確実に軽減されるはずです。ぜひ、日常の中で少しずつ取り入れてみてください。