
先日、タカラジェンヌを養成することで知られる宝塚音楽学校が、長年続いてきた厳しい伝統的ルールを廃止するというニュースが世間を驚かせました。
宝塚音楽学校は、数十倍の倍率を勝ち抜いた意識の高い生徒たちが集う場所。これまで厳しい訓練や生活規律があることは知られており、「それを乗り越えられる人こそ舞台に立てる」というイメージもありました。そんな中でのルール撤廃は、多くの人にとって意外な決断に映ったはずです。
今回の決定は、単に学校生活を楽にするためではありません。背景には「本来の目的に合致していないルールは廃止するべき」という明確な判断がありました。この視点は、一般企業におけるルール作りや見直しにもそのまま応用できます。
本記事ではこの宝塚音楽学校の事例をヒントに、企業におけるルールの在り方を考えていきます。

宝塚音楽学校の生活には、上級生と下級生の間に厳格な上下関係が存在していました。下級生(予科生)には、舞台人としての成長とは直接関係のない数々の決まりが課されていたのです。
例えば、
これらは舞台技術や表現力の向上とは無関係であり、中には現代の感覚から見ればハラスメントにあたるものもありました。実際、このルールは学校が公式に制定したわけではなく、歴代の生徒同士が代々引き継いできた慣習でした。
創立100年以上の歴史を持つ同校において、こうしたルールは「伝統」として守られてきましたが、時代は変わりました。学校側は、「お客様に喜んでもらう舞台人を育成する」という本来の目的に沿わないものは廃止すべきだと判断したのです。
宝塚音楽学校の事例は、企業にも通じます。組織は往々にして、トラブルや不正を防ぐ目的でルールを追加していきます。しかし、その結果として「守られないから新しいルールを作る」という負の連鎖に陥ることもあります。
提出物の期限を守らない人がいるためチェックリストを導入。しかし、最初は数項目だったものが忘れる人が多いほど追加され、最終的には30項目にまで膨れ上がります。結果、誰も真剣に読まず形式的にチェックだけして提出するようになり、目的が形骸化します。
営業社員の字を上手くするために、業務後にペン習字を義務付けるケース。テキストを配り、夜遅くから「あ」「い」「う」と練習し、添削担当者は朝早くから出勤。字が上手くなっても売上や顧客満足度に直結するわけではなく、疲労だけが蓄積します。
これらの例に共通するのは、「お客様への価値提供」と直接関係が無い点です。むしろ従業員の自主性を奪い、仕事へのモチベーションを下げる要因になっています。
ルールが増え過ぎると、人は自由を奪われた感覚に陥ります。
宝塚音楽学校でも、上級生の顔色を窺いながら生活することが本来の目的である「舞台人としての修業」を阻害していました。企業も同様で、ルールが目的化すると、本来の業務目標達成や顧客満足向上に悪影響を及ぼします。
勿論、組織運営には一定のルールが必要です。しかし全てを規則で縛るのではなく、社員のモラル(道徳心や常識的な行動)を信じることも重要です。
例えば髪色が派手な社員が1人いたとしても、多くの社員は常識的な範囲で身嗜みを保っています。それなのに「この色以上は禁止」というルールを作ると、守らない人1人のために全員が制約を受けることになります。結果としてルールが雪だるま式に増えていきます。
中には、
といった、目的や効果が不明確なルールを持つ企業もあります。

宝塚音楽学校のルール廃止は、時代遅れな慣習を改め本来の目的に立ち返った好例です。企業も同じく、以下の視点でルールを見直すべきです。
全てのルールを無くす必要はありません。チームで働く以上、秩序を保つための最低限のルールは必要です。しかし「昔からあるから」という理由だけで残しているルールや、目的から外れてしまったルールは思い切って廃止するべきです。
現代では、理不尽な指示に「はい」と従う文化は薄れています。「このルールは意味があるのか」という視点で社員が考えるようになりました。
宝塚音楽学校が伝統を守りつつ改革を進めたように、企業も柔軟な姿勢でルールを更新していくことが求められます。