【後編】社会保険適用拡大!適用の範囲は?社会保険労務士の方を招いて内容とポイントについてお話してきます

はじめに

日本の労働環境は近年、目まぐるしい変化を遂げています。正規雇用を中心とした従来型の雇用モデルはもはや主流ではなく、副業や兼業、さらにはフリーランスとして独立する人々が急速に増加しています。背景には、テクノロジーの進展や労働者の価値観の多様化、企業における人材活用の柔軟化などがあり、もはや一人の人間が「一社に終身勤め上げる」という時代ではなくなってきました。

こうした変化に伴い、社会保険制度も大きな転換期を迎えています。従来は「一つの会社でフルタイム勤務している正社員」を前提に設計されてきた制度ですが、現在の多様な働き方には十分に対応できていません。結果として、複数の事業所で働いていても社会保険に加入できない人、あるいはフリーランスとして働きながら十分な保障を受けられない人が数多く存在しています。

そのため、政府は社会保険の適用範囲を拡大し、これらの人々にも保障を行き渡らせる方向性を打ち出しています。本稿では、複数事業所勤務者やフリーランス・ギグワーカーに焦点を当て、制度改正の現状と課題、そして社会全体への影響について丁寧に考察していきます。

複数事業所勤務者への社会保険適用の現状と課題

複数事業所勤務者への社会保険適用の現状と課題

現行制度の限界

現行の社会保険制度では、原則として「1つの事業所で週30時間以上働く場合」にのみ社会保険の加入義務が発生します。つまり、たとえ複数の職場で合計週40時間働いていたとしても、各事業所での労働時間が要件に満たなければ、社会保険には加入できません。

例えば、飲食店で週10時間、コンビニで週15時間、学習塾で週10時間働く人がいたとしても、どの事業所も単独では基準を満たさないため、その人は社会保険に入れないという矛盾が生じます。これは、労働時間そのものは十分にあるのに保障がない、という不公平な状況を生み出しています。

新たな取り組みの方向性

こうした課題を解消するために、政府は「複数の事業所での労働時間を合算して社会保険の加入要件を満たす」仕組みを導入する方向で検討を進めています。これが実現すれば、短時間労働を掛け持ちしている人々も社会保険に加入できるようになり、生活の安定に寄与するでしょう。

しかし、その実現には技術的なハードルがあります。たとえば、事業所ごとに分散している労働時間や給与情報をどのように集約・把握するかという問題です。この点では、マイナンバー制度の活用が有力視されていますが、プライバシーやシステム運用のコストなど新たな課題も浮上します。

保険料負担の分担

もう一つの大きな論点は、保険料負担の在り方です。複数の事業所で勤務する人が社会保険に加入する場合、それぞれの事業主がどの割合で保険料を負担するのか、明確なルールを設ける必要があります。特に中小企業にとっては突然の負担増となり、経営に影響を及ぼしかねません。このため、段階的な導入や負担軽減措置が求められます。

フリーランス・ギグワーカーへの適用拡大

フリーランス・ギグワーカーへの適用拡大

新しい働き方とその特徴

フリーランスやギグワーカーといった働き方は、近年急速に拡大しています。クラウドソーシングや配車アプリ、フードデリバリーサービスなど、インターネットを介した仕事は誰でも始めやすく、多くの人が副収入や独立の手段として利用しています。

しかし、フリーランスと一口に言っても実態はさまざまです。真に独立した事業者として複数の取引先と対等に契約している人もいれば、形式上は業務委託契約であっても、実際には一社から継続的に仕事を受けて「ほぼ社員同然」の働き方をしている人もいます。

労働者性の判断基準

社会保険適用の拡大を検討する際、最も重要なのは「労働者性の有無」の判断です。契約形態にかかわらず、実態として企業の指揮命令を受けている場合には、労働者としての保護が必要だと考えられます。

例えば、コンビニのフランチャイズオーナーが労働者性を認められた判例があるように、形式的には独立していても、実質的に事業の自由度がなく、企業に従属している場合には社会保険の対象とすべきだという考え方が強まっています。

社会保険適用拡大の影響分析

社会保険適用拡大の影響分析

労働者へのメリットと懸念

労働者にとっての最大のメリットは、保障の充実です。厚生年金に加入することで老後の年金額は増え、さらに傷病手当金や出産手当金といった手厚い給付を受けられるようになります。国民健康保険や国民年金よりも実質的に有利になるケースが多いといえます。

一方で、これまで保険料を支払っていなかった人にとっては新たな負担となり、特に低所得層では生活を圧迫する可能性も否定できません。

事業主への影響

事業主にとっては保険料負担の増加が避けられません。人件費の上昇は、中小企業にとって経営の大きなリスクとなります。しかし一方で、社会保険加入が整っている企業は、労働者の安心感を高め、優秀な人材の確保や定着率向上に寄与する可能性もあります。短期的には負担増であっても、長期的には企業の信頼性向上につながる側面もあるのです。

個人事業主への影響

社会保険料は破産しても免除されないため、個人事業主にとってはリスクが高まります。そのため、今後は法人を設立して事業を行う人が増えると予測されます。制度改正は、事業形態の選択にも影響を与えることになるでしょう。

制度改正の論点整理

制度改正では、労働時間要件(週20時間以上)、賃金要件(月額8.8万円以上)、学生除外要件は基本的に維持される見通しです。その一方で、適用対象となる事業所規模や業種は段階的に拡大される方向にあります。将来的には、規模の大小を問わず、あらゆる事業所で社会保険が適用される可能性があります。

今後の展望と課題

今後の展望と課題

制度運用には、複数勤務の労働時間を正確に把握する仕組みが不可欠です。マイナンバーを活用した一元管理や、事業所間での保険料負担の公平な分担ルール作りが求められます。

さらに、社会全体としても「労働者の保障拡大」と「事業主の負担増加」という二律背反をどう調整するかが大きな課題となります。制度改正は社会保険料収入の増加を通じて制度の持続可能性を高める効果も期待できますが、拙速に進めれば現場に混乱を招きかねません。

結論

社会保険適用拡大は、働き方の多様化が進む現代において避けては通れない制度改革です。複数事業所勤務者やフリーランスといった人々にも保障を行き渡らせることは、公平性の確保という観点から極めて重要です。

もっとも、事業主の負担や制度運用の複雑化といった課題も残されており、段階的かつ丁寧な導入が不可欠です。専門家である社会保険労務士や研究者が果たす役割は大きく、今後の議論の中で実務的なアドバイスや改善提案を行っていくことが求められます。

労働環境が多様化するこれからの時代、社会全体で知恵を出し合い、公平で持続可能な社会保険制度を築いていくことが、私たち全員にとっての課題であり責任であるといえるでしょう。