近年、SNSやメディアを通じて「微笑みうつ」という言葉を耳にする機会が増えてきました。これは医学的に正式な病名ではありません。しかし、正式な診断名ではないにもかかわらず、多くの人々に広く受け入れられ、共感を呼んでいる用語のひとつです。
精神医学の世界では、学術的に整理される前に社会で使われ始め、のちに注目されていく概念が少なくありません。たとえば「HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン/繊細さん)」や「ギフテッド」なども、精神科の診断基準に明確に定められているわけではありませんが、多くの人の実感と重なり、共感を呼ぶ言葉として広がっています。「微笑みうつ」も、そのような“先行して社会に広がった概念”のひとつだといえるでしょう。

微笑みうつとは、一見すると明るく元気そうに振る舞い、周囲に笑顔や冗談を見せることができるにもかかわらず、内面では深いうつ状態にある人を指す俗称です。
伝統的なうつ病のイメージは、無表情で、気力を失い、表情に変化が乏しくなる「仮面様顔貌」と呼ばれる状態です。しかし、微笑みうつの人はそのイメージとは異なり、人前では明るく振る舞い続けられるため、本人も周囲も「大丈夫だ」と思い込んでしまうことが少なくありません。
ところが、一人になると涙が止まらなくなったり、「消えてしまいたい」と思ってしまうほど、内面では大きな苦しみを抱えていることがあります。

微笑みうつの人には、次のような特徴が見られることが多いといわれています。
つまり、他人と接しているときの自分と、一人でいるときの自分の落差が非常に大きいということが特徴です。
微笑みうつが厄介なのは、周囲からも本人からも気づかれにくいことです。
一般的なうつ病の人は、表情や行動に変化が現れるため比較的周囲が異変を察知しやすい傾向があります。しかし微笑みうつの人は、あえて明るく振る舞うため、「あの人がそんなに苦しんでいるなんて思わなかった」と言われることが多いのです。
また本人も「自分はまだ大丈夫」と思い込もうとし、限界まで頑張り続けてしまいます。その結果、ある日突然糸が切れたように倒れてしまうこともあります。

微笑みうつの人の内面には、次のような思いが渦巻いています。
こうした思い込みの背景には、過去の人間関係の中で「見捨てられた経験」や「否定された経験」があることも少なくありません。そのため、「笑っていないと愛されない」「笑顔でいないと見放される」と考えてしまうのです。
しかしその裏側で、精神的なエネルギーは日々削られていき、ベッドから起き上がるのも辛いほど消耗してしまいます。
心理的な傾向として、次のような人が微笑みうつに陥りやすいと考えられています。
こうした特性は本来とても素晴らしいものです。ですが、度を越えて「他人のため」に自分を犠牲にしてしまうと、心のバランスを崩してしまうのです。

微笑みうつは正式な診断名ではありませんが、実際には「うつ病」の一形態として治療が必要です。治療の基本は以下の3本柱です。
特に微笑みうつの人の場合、カウンセリングの役割が非常に大きいとされています。なぜなら、症状の根底には「弱音を吐けない」「迷惑をかけてはいけない」「笑っていないと嫌われる」といった強い思い込みが存在するからです。
カウンセリングでは、自分が置かれている状況を整理し、そうした思い込みをひとつずつほどいていくことが治療の重要な一歩になります。
「今の自分は本当に限界に近いのだ」と気づき、自覚すること。その上で、専門家と共に少しずつ心の負担を軽くしていくことが必要です。

微笑みうつは、医学的な診断名ではありませんが、確かに存在する心の苦しみを表した言葉です。周囲には笑顔を見せながら、内面では限界まで苦しんでいる――そんな状態に気づくのは簡単ではありません。
しかし「笑っているから大丈夫」と決めつけず、その人がどんな思いを抱えているのか想像することが大切です。そして本人自身も「微笑みうつ」という言葉をきっかけに、自分の状態を整理し、専門家に相談してみる勇気を持っていただきたいと思います。
微笑みの裏にある心のSOSに、私たち一人ひとりが少しでも敏感になれれば、救われる人が増えていくはずです。