甲状腺機能低下症とうつ病の関連

今日のテーマ:「甲状腺機能低下症とうつ病の関係について」

今日のテーマ:「甲状腺機能低下症とうつ病の関係について」

精神科の外来を訪れる患者さんの中には、「うつ病ではないか」と訴えて来院される方が多くいらっしゃいます。うつ病は現代において非常に身近な疾患であり、誰しもが罹患する可能性があります。しかし、診断にあたっては単に「気分が落ち込んでいる=うつ病」と決めつけることはできません。その背景には、脳疾患やホルモンの異常といった、いわゆる「原因のあるうつ状態」が隠れていることがあるからです。

その代表的な例のひとつが「甲状腺機能低下症」です。本記事では、甲状腺の働きと機能低下がもたらす影響、そしてうつ病との関わりについて、詳しく解説していきます。

甲状腺とはどのような臓器か

甲状腺とはどのような臓器か

甲状腺は首の前面、喉仏の下あたりに位置し、ちょうど蝶々が羽を広げたような形をしています。この小さな臓器は「甲状腺ホルモン」を合成・分泌しており、その働きは全身の細胞に影響を及ぼします。

甲状腺ホルモンの主な役割は、体内の代謝を促進することです。いわば体の機能を「ブースト」するスイッチのような存在であり、エネルギー消費を高め、心臓や呼吸の働き、体温調節などにも深く関わっています。

甲状腺機能が乱れた場合の症状

甲状腺機能が乱れた場合の症状

甲状腺機能亢進症

ホルモンが過剰に分泌されると、体は常にアクセルを踏んでいる状態になります。脈が速くなり、呼吸が浅く早くなり、汗が増え、顔が赤らんでほてりを感じることもあります。代謝が高まりすぎることで、いわゆる「躁状態」に似た症状が現れる場合もあります。

甲状腺機能低下症

一方でホルモンが不足すると、今度は全身の機能が抑えられてしまいます。倦怠感やむくみ、脈拍の低下、強い眠気や意識の低下などが典型的です。そして、その症状のひとつとして「うつ状態」が現れることが知られています。

なぜ甲状腺機能低下症が「うつ」に似るのか

なぜ甲状腺機能低下症が「うつ」に似るのか

甲状腺ホルモンは脳の働きとも密接に関係しています。脳の細胞はエネルギー代謝を通じて活動していますが、この代謝には甲状腺ホルモンが欠かせません。さらに、神経伝達物質の合成にも関与しています。

代表的なのが「セロトニン」です。セロトニンは気分の安定に重要な役割を果たしており、うつ病ではその機能低下が主因のひとつとされています。セロトニンはアミノ酸の一種「トリプトファン」から合成されますが、その過程には「トリプトファンヒドロキシラーゼ」という酵素が必要です。甲状腺ホルモンはこの酵素の発現を促進するため、ホルモンが不足するとセロトニンの合成が滞り、結果としてうつ症状に似た状態が生じるのです。

さらに、脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現も甲状腺ホルモンによって促進されます。BDNFは神経細胞の成長や修復に不可欠な因子であり、これが不足すると神経ネットワークの健全な働きが損なわれ、精神症状の悪化につながります。

診断と検査方法

診断と検査方法

うつ病の診断を受けた場合、甲状腺の異常を見逃さないことが重要です。そのチェック方法は非常にシンプルで、採血によるホルモン測定で判断できます。

特に「FT4(フリーT4)」と呼ばれる指標を確認することが一般的です。正常値は 0.8〜1.7 ng/dL とされ、これを下回ると甲状腺機能低下症が疑われます。

  • 0.7 ng/dL未満:甲状腺機能低下症がうつ症状に大きく関与している可能性が高い
  • 0.7〜0.9 ng/dL:必ずしも原因とは断定できないが、関与の可能性がある

このように採血だけで把握できるため、うつ病と診断された方には一度は甲状腺ホルモンを確認することが勧められます。

治療の可能性

治療の可能性

もし甲状腺ホルモンの不足が見つかれば、その補充療法によってうつ症状が改善することがあります。これは抗うつ薬とは異なり、体が本来必要とするホルモンを補う「生理的な治療」であるため、副作用のリスクも比較的少なく、合理的な選択肢といえるでしょう。

実際、うつ病と診断された患者さんのうち 5〜6人に1人(約15〜20%) は甲状腺機能低下症が関与していると報告されています。さらに、更年期以降の女性ではその割合が 約30%(3人に1人) にも上るとされており、この年代の女性にとって甲状腺チェックは特に重要です。

甲状腺機能亢進症との鑑別も重要

甲状腺の異常は「低下」だけではありません。「亢進」の場合は、躁状態に似た症状を呈することがあります。気分が高揚し活動性が増すなど、双極性障害との区別が難しいこともあります。そのため、うつ状態だけでなく、躁状態が見られる患者さんに対しても甲状腺ホルモンの測定は大切です。

まとめ

うつ病は「原因不明」とされることも多い病気ですが、中には身体的な要因、特に甲状腺機能の異常が隠れている場合があります。

  • 甲状腺ホルモンは全身の代謝を調整する重要な役割を持つ
  • 機能低下は倦怠感やむくみに加え、うつ症状を引き起こすことがある
  • 採血で簡単にチェックでき、補充療法で改善する可能性がある
  • 特に更年期以降の女性は3人に1人の割合で関与が報告されている

うつ症状で受診された方は、ぜひ一度甲状腺の検査を受けることをお勧めします。適切に原因を見極めることで、より的確な治療につながり、回復の道が開けるかもしれません。