
現代社会で増えている消化器のトラブルの一つに「過敏性腸症候群(IBS)」があります。腹痛や下痢、便秘を繰り返すのに、検査では腸に明らかな異常が見つからないという特徴的な疾患です。そして近年、この過敏性腸症候群が「うつ病」と密接に関わっていることが分かってきました。この記事では、両者の関係性やその背景にある仕組み、さらに生活に取り入れられる食事療法について丁寧に解説していきます。

過敏性腸症候群は、腸の構造には問題がないのに、腸の「機能」に不調をきたす病気です。便秘や下痢、腹痛といった症状が慢性的に続き、生活の質を大きく下げてしまいます。
腸の検査として最初に行われるのは腹部レントゲンですが、ここで分かるのはガスや石の有無だけです。腸閉塞を起こす前にも腸内にガスが溜まり、その溜まり方でどこが詰まっているかを判断します。ただし、腸の表面や内部の状態を詳しく見るには大腸カメラが必要です。
しかし、過敏性腸症候群の場合、大腸カメラでも異常は見つかりません。粘膜はきれいで潰瘍も腫瘍もなく、まるで健康な腸のように見えます。にもかかわらず、腸は適切なタイミングで動かず、過剰に動いたり、動きが弱すぎたりするために症状が出てしまうのです。

統計によると、過敏性腸症候群の患者さんの約半数がうつ病を併発しており、またうつ病の患者さんの3割が過敏性腸症候群を合併しています。これは偶然ではなく、腸と脳が深く結びついているためと考えられています。
日本では10人に1人がうつ病にかかり、学校のクラスに1人は過敏性腸症候群の方がいるといわれます。決して珍しい病気ではなく、誰もが身近に経験する可能性がある疾患なのです。
うつ病と過敏性腸症候群を結びつけるキーワードが「腸脳相関」です。腸は脳と迷走神経で強くつながっており、脳の働きに合わせて腸の動きがコントロールされています。緊張や不安でお腹が痛くなったり下痢をした経験は、多くの人にあるのではないでしょうか。これはまさに腸脳相関の現れです。
うつ病の背景には、神経伝達物質の不調があります。代表的なものが「セロトニン」で、これは脳の働きや心の安定に欠かせない物質です。実はこのセロトニンの約9割が腸内細菌によって作られているのです。つまり、腸の環境が脳の健康に直結しているといえます。そのため腸は「第2の脳」とも呼ばれ、心の病気と腸の病気が重なりやすい理由がここにあります。
過敏性腸症候群とうつ病の双方において、食事は重要な役割を果たします。体はタンパク質を基盤として作られ、腸内環境を整えるのも外部から摂り入れる食事が唯一の手段です。薬は小腸で吸収されるため、大腸環境を直接改善できるものはほとんどありません。そのため日常の食事が治療の鍵となるのです。
近年注目されているのが「低FODMAP食」という食事法です。FODMAPとは発酵性の糖質を指し、これらを多く含む食品は腸内でガスを発生させ、過敏性腸症候群の症状を悪化させます。避けたほうがよい食品として、牛乳やヨーグルト、大豆、リンゴ、玉ねぎなどが挙げられます。
ただし、牛乳やヨーグルトは本来うつ病には有益とされます。発酵食品は腸内細菌に働きかけ、セロトニンの原料であるトリプトファンを豊富に含むためです。ここが難しいところで、過敏性腸症候群を持つ方はこれらを避け、代わりに別の食材から栄養を摂る必要があります。

過敏性腸症候群を持つ方に推奨される食品には、以下のようなものがあります。
これらはトリプトファンを豊富に含み、ガスを発生させにくいという利点もあります。特にバナナは、トリプトファンをセロトニンに変換するためのビタミンB群も多く含んでおり、うつ病にも過敏性腸症候群にも有効とされています。
食材の選び方に加えて、食べ方も大切です。一度に大量に食べると腸に負担がかかるため、規則正しく、少量を分けて摂取するのが理想です。また、避けるべきものとして、炭酸飲料や人工甘味料、キシリトールなどがあります。これらは腸に過剰な負担を与え、症状を悪化させやすいからです。

過敏性腸症候群とうつ病は、それぞれ独立した病気のように見えて、実際には「腸脳相関」を通じて深く結びついています。腸は脳と同じように心の健康を支える重要な臓器であり、腸内環境を整えることは心の健康を守ることにも直結します。
低FODMAP食をはじめとした食事療法、規則正しい生活習慣、そして腸と心の関係を理解することが、症状の改善と再発予防につながります。心と体は切り離せない関係にあり、腸を整えることがそのまま心のケアにもなるのです。