夫婦は似てくるのか?

本能が求める「違い」

本能が求める「違い」

人間は本能的に「自分と違う相手」に惹かれる傾向があります。これは生物学的な戦略とも言えるものです。近親婚がもたらす遺伝的リスクを避けるため、遺伝子が遠い相手を求めることで子孫の多様性を確保し、病気への抵抗力を高めようとするのです。いわば「違うものを選ぶ」というのは、種を保存していくうえでの自然な防衛反応だと言えるでしょう。

実際、免疫に関わる遺伝子(HLA)の違いを嗅覚で感じ取り、無意識のうちに自分と異なる相手を好むという研究もあります。これは恋愛感情が単なる偶然や好みだけでなく、生物学的な適応戦略と深く結びついていることを示しています。

しかし人間は本能だけで動く存在ではありません。家庭環境や心理的な経験が、誰を「好ましい」と感じるかに強く影響を与えます。

後天的に求める「似たもの」

後天的に求める「似たもの」

一方で、人は本能とは逆に「自分と似た相手」に惹かれる場合もあります。その典型例が、親との関係に由来する心理的な要素です。例えば母親や父親に強く執着した経験があると、無意識のうちに彼らに似た外見や性格の人をパートナーに選ぶ傾向が出ます。これはいわゆる「マザーコンプレックス」「ファザーコンプレックス」と呼ばれる現象の一部です。

また、育ってきた環境が近いと価値観や生活習慣が似ているため、自然に惹かれ合いやすくなります。宗教観、食事のスタイル、教育観などが近い相手だと、衝突が少なく安心感が得られるのです。ここには「似ているから選ぶ」という後天的な要素が強く働いていると言えるでしょう。

つまり、恋愛や結婚の入り口においては「本能的には違いを、心理的には似たものを」求めるという二重のメカニズムが存在しているのです。

長年の生活が生む「似てくる」現象

長年の生活が生む「似てくる」現象

では、結婚して長年連れ添った夫婦が「似てくる」のはなぜでしょうか。1980年代に心理学者ロバート・ザイアンスが行った研究では、25年間連れ添った夫婦は顔のパーツや表情の使い方が似てくることが確認されました。これは「ミラーリング効果」と呼ばれる現象で、人は親しい相手の表情や仕草を無意識に真似する傾向があり、それが積み重なって表情筋の発達や皺の位置まで似通っていくのです。

日々の生活の中で、同じ出来事に一緒に笑い、一緒に悲しむ。そうした体験の共有が、夫婦の顔や雰囲気を近づけていきます。これは安心感を与える効果もあります。似た表情をしている相手を見ることで、「自分と同じ気持ちでいる」という共感を直感的に得られるのです。

しかし、この「似てくること」には負の側面もあります。例えば自分がよくしかめっ面をしている人だと、相手も同じように険しい表情を浮かべるようになります。すると自分の嫌な部分を相手の顔に映し出されるように感じ、同族嫌悪を引き起こすこともあります。つまり、似てくることは必ずしも幸福だけを運ぶわけではなく、時に関係を難しくする要因ともなり得るのです。

まとめ

「夫婦は似てくるのか?」という問いに答えるなら、それは「本能・心理・生活」という三つの次元から説明できます。本能的には異なる遺伝子を求め、心理的には親や自分に似た存在を求め、そして長い生活の中で自然と似てくる。これらは相反するようでいて、人間という複雑な存在を形作る三つの側面なのです。

似ることは安心感をもたらすと同時に、嫌悪の種にもなり得ます。それでも、夫婦が長い時間を共有し、似ていく過程そのものが「共に生きる」ということの証明だとも言えるでしょう。理想的なのは、似る部分と異なる部分の両方を尊重し合いながら歩んでいくことです。

夫婦が似てくるのは偶然ではなく、共に過ごした時間の積み重ねの結果です。その姿は、互いを映し合う鏡のようでもあり、時に心地よく、時に厳しい現実を突きつけるものでもあります。しかしそのプロセスこそが、人生を分かち合うパートナーシップの醍醐味なのではないでしょうか。