
現代社会を生きる私たちは、常に多くの刺激やプレッシャーにさらされている。仕事や人間関係、情報の洪水などにより心身にストレスがかかると、自律神経のうち「交感神経」が優位になり、体は緊張状態に陥る。交感神経が働くと血圧や心拍数が上がり、瞬間的な集中力は高まるが、その状態が長く続けば心身の細胞に大きな負担がかかり、健康に悪影響を及ぼす。
では、この負担を解消するにはどうすればよいのか。その鍵を握るのが「副交感神経」である。副交感神経は、リラックスや休養の状態をつくり出し、心身を回復へと導く。その副交感神経を優位にする最も自然な方法のひとつが、人と人との「つながり」である。古くから動物の世界でも見られる「グルーミング」に近い役割を果たし、人との触れ合いや交流が心を癒す効果をもたらすのだ。

人は本質的に「つながりたい」存在である。しかし同時に、人は「一人になりたい」とも願う矛盾した生き物でもある。誰かにそばにいてほしいと強く思う時期もあれば、逆に「放っておいてほしい」と感じる時期もある。これは自然な感情であり、誰もが経験することだろう。
さらに、人は単に「つながりたい」だけでなく、「特定の相手」と「望む強さ」でつながりたいという、極めてわがままな欲求を抱いている。友人や家族、恋人といった特別な存在に対しては、自分が会いたい時に応えてもらいたいと願う。だが、当然ながら相手にも都合や感情があり、いつでも思い通りにいくわけではない。ここに、人間関係の難しさと、時に生じる「コミュニケーション疲れ」の根本がある。

こうした人間の欲求に応えるかのように登場したのが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)である。X(旧Twitter)やFacebookなどのサービスは、誰もが簡単に他者とつながれる環境を提供した。Facebookは実名で知人と交流する性質が強く、年賀状や手紙の延長のような役割を持つ。一方、Xは匿名性が高く、趣味や関心ごとを軸に自由に人とつながれる点が特徴である。
SNSの魅力は、自分が「今つながりたい」と思ったときに、世界中の誰かと気軽につながれることだ。だがその反面、利用し続けるうちに心身の負担を感じ、「デジタルデトックス」を選ぶ人も増えている。デジタルデトックスとは、一定期間SNSやデジタル機器から距離を置き、心身を休める取り組みである。これは単なる流行ではなく、ストレス過多の現代において自分を守るための大切な工夫だといえる。

SNSを続けるうちに疲れを感じる理由のひとつは、「特定の相手」との関係性にある。もともとSNSは不特定多数の人と緩やかにつながれる仕組みであり、「誰かが応えてくれれば良い」という気軽さが前提にある。しかし、次第に「この人とつながりたい」という思いが強くなると、SNS本来の気楽さが失われてしまう。
こちらがつながりたいときに、相手も同じように応じてくれるとは限らない。逆に、自分が一人でいたいときに、相手から強くつながりを求められることもある。その不一致が積み重なると、義務感や負担感が生じ、心が疲れてしまう。これは現実の人間関係でも同じであり、SNSだから特別というわけではない。
つまり、SNS疲れの本質は「つながりたい欲求のミスマッチ」にあるのだ。
現実の人間関係でも、相手の求めることに応じなければならない場面は多い。友人や家族からの誘いに、気乗りしなくても答えることは誰にでもあるだろう。自分が誰かに会いたいと感じるときも、相手はそうではないかもしれない。そのすれ違いが続けば、関係は自然と疎遠になる。
逆に、親友や気の合う仲間と呼ばれる人たちは、この「バイオリズム」が似ている存在であることが多い。学生時代に親しくしていた友人とも、社会に出て生活リズムが変われば、自然と距離が生まれるのはそのためだ。人と人とのつながりは、欲求のタイミングが合うかどうかによって強まったり薄まったりを繰り返すのである。
では、私たちはどのように人とのつながりと向き合えばよいのだろうか。鍵となるのは「気楽さ」である。SNSも現実の関係も、本来は「不特定多数の中で、今つながれる誰かとつながる」ことが基本である。それ以上に「特定の相手」に執着してしまうと、期待と現実のギャップから疲れが生まれる。
つながりたいときに手を挙げ、応じてくれる誰かがいれば満足する。これが本来のSNSの使い方であり、コミュニケーションを心地よく保つ秘訣だろう。また、自分にとって大切な相手との関係では、無理に合わせすぎず、適度な距離感を持つことも必要だ。

人は昔から今に至るまで、つながりを求め続けてきた。それは副交感神経を優位にし、心身を癒すための本能的な営みでもある。だが同時に、人は一人の時間も必要とするわがままな存在だ。
その矛盾を抱えつつ、時に人と関わり、時に一人で休みながら、私たちはバランスを取りながら生きている。SNSやリアルな関係に疲れたときは、自分のリズムを大切にして距離をとることもまた、健全な生き方の一部である。
人とのつながりは、強制でも執着でもなく、「今この瞬間に、つながりたい誰かと出会えること」を楽しむ。そのくらいの軽やかさで向き合うとき、私たちはより健やかに、そしてしなやかに社会を生き抜いていけるのではないだろうか。