解離性障害について

はじめに

心の病の中でも「解離性障害」という言葉を耳にすることがあります。しかし、うつ病や統合失調症などに比べると知名度が低く、その実態は誤解されがちです。「人格が分裂してしまう病気」や「記憶喪失になる病気」といったイメージを持つ方も少なくありませんが、実際はもう少し複雑で、脳科学的な仕組みとも深く関係しています。
本記事では、解離性障害の基本的な症状から、うつ病との違い、そして治療のアプローチまで、丁寧に解説していきます。

解離性障害とは

解離性障害とは

解離性障害とは、強いストレスやトラウマをきっかけに、大脳の一部の機能が一時的にストップしてしまう状態を指します。大脳は私たちの「意識」「感覚」「運動」「記憶」などを司っていますが、その働きが過度のストレスによって遮断されるのです。

例えば、極度の緊張や恐怖にさらされたとき、頭が真っ白になり何も考えられなくなることがあります。解離性障害は、そのような防御反応が強く、長く続く形だと考えるとイメージしやすいでしょう。

解離性障害の主な症状

解離性障害にはいくつかのタイプがあり、症状の出方は人によって異なります。

1. 解離性健忘

強いストレスやショックを受けた際に、一時的に記憶が失われる状態です。特定の出来事だけを思い出せなくなる場合もあれば、自分の名前や職業といった大切な記憶まで失う場合もあります。記憶が欠落している間も、本人は普通に生活していることが多いため、周囲が気づくのは遅れることもあります。

2. 解離性遁走

解離性健忘の一種ですが、より重度のものです。突然、今いる場所から立ち去り、別の土地でまるで別人のように生活を始めてしまうことがあります。本人は以前の記憶を失っているため、まったく異なる名前を名乗り、新しい生活を築いてしまうケースも報告されています。

3. 離人症(解離性離人症)

人間には「私はここにいて、この行動をしている」という現実感があります。しかし、強いストレスによってその感覚が失われ、「自分が自分ではない」「周囲が現実のものに思えない」といった感覚に陥るのが離人症です。まるで自分を外側から眺めているように感じる人もいます。

4. 解離性発作

解離が強く出ると、意識が急に途切れたり、痙攣のような発作を起こすこともあります。これが続くと、日常生活に大きな支障をきたし、うつ状態や引きこもりにつながることがあります。

うつ病との違い ― 脳科学の視点から

うつ病との違い ― 脳科学の視点から

解離性障害とうつ病は、一見すると似ている部分もあります。どちらも「気分の落ち込み」「意欲の低下」「日常生活への支障」が見られることがあるからです。

しかし脳科学的には、両者には明確な違いがあります。近年、**fMRI(機能的MRI)**という検査を使い、脳の活動を詳細に観察する研究が進んでいます。その結果、以下のような違いが分かってきました。

  • 共通点:どちらも扁桃体(不安や恐怖を司る脳の部分)が過活動しており、強い不安が持続している。
  • 違い
    • うつ病では、前頭前野(理性や判断を担う部分)の活動が低下し、不安を理性で打ち消す力が弱まっている。
    • 解離性障害では、逆に前頭前野が過活動し、感情や感覚を理性で遮断してしまう。

つまり、うつ病は「不安をコントロールできない状態」、解離性障害は「不安や感情を感じないように遮断してしまう状態」と言えます。

この違いは治療方針を考える上でも重要です。

解離性障害の原因

解離性障害の原因

解離性障害の根底には、ほとんどの場合「トラウマ」があります。虐待、いじめ、災害、戦争体験、事故など、心に強烈なショックを与える出来事が引き金になります。

本来であればストレスを「受け止め、処理し、乗り越えていく」ことが望ましいのですが、強すぎるストレスはその処理能力を超えてしまいます。その結果、脳は「感情を切り離す」ことで自分を守ろうとします。これが解離性障害のメカニズムです。

言い換えると、解離性障害は「脳が自分を守るためにとった緊急避難的な反応」でもあるのです。

治療と支援の方法

治療と支援の方法

1. 薬物療法について

解離性障害には、根本的に効く薬は存在しません。ただし、不安が極端に強い場合には、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬を一時的に用いることがあります。しかし、これは症状を一時的に和らげる対症療法であり、根本解決にはなりません。

2. 心理療法(トラウマ処理)

解離性障害の治療において中心となるのは心理療法です。特に代表的なのが EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法) です。
EMDRでは、カウンセラーが指や光を動かし、それを目で追いながらトラウマについて語ります。こうすることで、心の一部は「作業」に集中し、もう一部で「記憶」に触れることができます。その結果、トラウマに完全に飲み込まれず、安全に処理を進められると考えられています。

この方法は国際的にも有効性が認められており、PTSDや解離性障害の治療に広く用いられています。

3. 安全感の回復

トラウマによって「世界は危険だ」という感覚が強く刻み込まれている場合が多いため、「今は安全である」と実感できるようになることが大切です。そのためには、信頼できるカウンセラーや支援者と一緒に取り組むことが欠かせません。

一人で抱え込むと、かえって症状が悪化することもあるため、専門家の支援を受けることを強くおすすめします。

解離性障害とともに生きるために

解離性障害とともに生きるために

解離性障害は非常につらい状態ですが、決して「治らない病気」ではありません。適切な支援を受けることで回復し、再び自分らしい生活を送れるようになった方も多くいます。

大切なのは、症状を「自分の弱さ」と責めないことです。解離はむしろ「生き延びるために脳がとった防御反応」なのです。そのことを理解するだけでも、自分を少し優しく受け止められるかもしれません。

まとめ

解離性障害は、強いストレスやトラウマが引き金となり、大脳の機能が一時的に遮断される状態です。症状には記憶の欠落、別人のように生活してしまう遁走、現実感の喪失などがあり、時にうつ状態へと進むこともあります。

脳科学的には、うつ病との違いは前頭前野の活動の仕方にあります。解離性障害では理性が過剰に働き、感情を切り離す方向に作用することが特徴です。

治療には薬物療法よりも心理療法、とくにトラウマ処理を中心としたアプローチが有効です。安全な環境で、信頼できる支援者とともに取り組むことが大切です。

解離性障害は「心の弱さ」ではなく、「生き延びるための脳の反応」であることを理解し、安心を取り戻していくことが回復への第一歩となるでしょう。