
近年、「発達障害」という言葉は社会の中で広く知られるようになりました。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)といった診断名を耳にする機会も増え、実際に自分自身や家族に当てはまるのではないかと感じる方も少なくありません。その一方で、「発達障害の診断は必ず検査を受けなければならないのか」「診断を受けることにどのような意味があるのか」といった疑問を抱く方も多くいらっしゃいます。
本記事では、精神科における発達障害の診断について、その検査の実際や意義、そして診断を受けることのメリット・注意点について、丁寧に解説していきます。

一般的に「検査」と聞くと、多くの方は血液検査や画像検査のように、客観的かつ数値で明確に結果が示されるものを思い浮かべるでしょう。例えば、癌を調べる際には細胞を顕微鏡で確認し、癌細胞の有無を判断します。ところが精神科で行われる検査は、そうした「絶対的な指標」があるものではありません。
精神科の検査の多くは、質問紙や心理テストといった形式をとります。たとえば「友達と遊ぶのは好きですか?」といった質問に「はい/いいえ」で答えるようなものです。しかし、この回答は状況や相手によって変わり得ます。「気の合う友人となら楽しい」と思う人もいれば、「気分次第で答えが変わる」という人もいるでしょう。つまり、検査の回答は常に「時と場合による」ものであり、検査結果そのものが絶対的な診断根拠になるわけではありません。
それでも複数の質問や課題を積み重ねていくことで、一定の傾向を把握することができます。発達障害の診断は、こうしたパターン分析によって「ASDの傾向が強い」「ADHDの特徴が見られる」といった全体像をつかむものなのです。

発達障害の診断には、いくつかの大きな意義があります。
診断名がつくことによって、「自分はなぜ生きづらさを感じてきたのか」という疑問に答えが得られる場合があります。たとえばASDと診断された方が、同じ診断を受けた人の経験談や専門家が書いた本を読むと、「自分だけではなかった」「こういう特徴は病気や特性によるものだったのか」と気づくことができます。これは自己理解を深め、安心感をもたらす大きなきっかけになります。
診断を受けることで、日常生活や仕事で困っていることに対して具体的な工夫を取り入れやすくなります。先人の知恵や専門的な支援策を参考にすることで、自分に合った対処法を見つけることが可能になります。
診断名があることで、障害者手帳の取得や障害年金の申請といった福祉制度の利用が可能になります。社会的な支援を受けるためには診断が必須であり、診断の有無は大きな意味を持ちます。
診断をゴールにしないために
一方で、診断名がついたことに安心しすぎてしまい、「これは病気だから仕方がない」と思考を停止してしまう方もいます。しかし診断はあくまで出発点にすぎません。診断によって自分の課題が明らかになった後、どのように対策を立て、実践していくかが本当に重要です。診断そのものをゴールとするのではなく、そこからの一歩一歩が生活改善につながるのです。

発達障害の診断には、いくつかの心理検査が活用されます。代表的なものを紹介します。
WAIS・WISC(知能検査)
WISCは子ども用、WAISは成人用の知能検査です。
知能指数(IQ)を測定するだけでなく、「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」といった複数の領域を評価します。
たとえば算数は得意だが国語は苦手、といった形で能力のバラつきが大きい場合、発達障害の可能性が示唆されます。
一方で全体的に点数が低い場合は知的障害の可能性を示します。
この「能力のばらつき」こそが発達障害の特徴の一つです。検査には120分程度かかり、心理士や医師の負担も大きいのですが、診断を裏付ける上で有効な手段です。
AQ(自閉スペクトラム症の傾向を測る検査)
15分ほどで行える簡便な質問紙です。
ASDの特徴を把握する目安になりますが、診療報酬が設定されていないため医療機関側にとっては実施しづらいという現状があります。
CAARS(ADHDの傾向を測る検査)
ADHDの症状を整理するための質問紙です。
こちらも診療報酬はついていませんが、自己理解を深めるツールとして活用できます。
福祉的な支援を受ける際には、診断が必須です。
障害者手帳:診断名と重症度に基づいて交付されます。
障害年金:診断名と生活や就労への影響度をもとに支給が判断されます。
「困っているから年金をください」と訴えても、診断名がなければ認められることはありません。正式な診断があって初めて制度を利用できるのです。

発達障害の診断は、必ずしも検査結果だけで決まるものではありません。医師や心理士による問診、行動観察、心理検査の結果などを総合的に判断して行われます。
診断を受けることで自己理解が深まり、対策を立てやすくなり、福祉的な支援を利用できるようになります。しかし診断はゴールではなく、むしろスタート地点です。自分の特性を理解した上で、どのように生活を工夫し、困難を乗り越えていくかが大切なのです。
「発達障害の診断は必須なのか?」という問いに対する答えは、「支援を受けるためには必須、しかし自己理解のためにも有益」ということになるでしょう。診断をうまく活用しながら、自分らしい生き方を見つけていくことが何より重要だといえます。