精神科の診療をしていると、患者さんから「痩せたい」という声をよく耳にします。ダイエットは今や多くの人の関心事であり、雑誌やSNSでも「痩せること」が美や健康の条件のように語られています。しかし実際には、医学的に見た健康と、社会が求める「理想の体型」との間には大きなズレが存在しているのです。今回は「痩せる」というテーマを、医学と文化の両面から考えてみましょう。

まず、健康にとって適切な体重とは何でしょうか。医学的には「BMI(ボディ・マス・インデックス)」という指標がよく用いられます。これは体重(kg)を身長(m)の二乗で割って算出するものです。日本肥満学会によれば、このBMIの数値が「22」である時に最も病気になりにくく、長生きできるとされています。
例えば、身長170cmの男性なら64kg、160cmの女性なら56kgが目安となります。つまり、身長160cmの女性にとっての「ベスト体重」は56kgなのです。
ところが、一般的な感覚ではどうでしょうか。多くの人は「160cmなら50kg前後が理想」と答えます。雑誌やSNSの影響もあり、50kgを切る数字を目指す女性も少なくありません。しかし医学的には、これはむしろ痩せすぎに近い数値です。健康的に長生きするための本能的な体重は「160cmで56kg」であるにもかかわらず、私たちは社会的な刷り込みによって「50kgが美しい」と考えてしまっているのです。

ではなぜ、本来の健康的な体重よりも「細身」が理想とされるのでしょうか。その背景には、文化や歴史の影響があります。
1つ目はファッションの影響です。服のデザインは「痩せた体型」に映えるように作られることが多いのです。痩せたモデルが着ることで洋服のラインが際立ち、デザイナーの意図が最大限に表現される。平安時代の十二単のように、服そのものを引き立てるための体型が時代を超えて求められてきたと言えるでしょう。
2つ目は時代背景の変化です。戦前の日本は食糧不足で、多くの人が痩せていました。そのため、ふくよかな体型は「裕福さ」「豊かさ」の象徴でした。しかし、戦後の高度成長期から現代にかけては食糧事情が改善し、飽食の時代に突入します。誰でも簡単にカロリーを摂取できるようになり、むしろ太りやすくなったのです。この環境下で「痩せていること」が自己管理や規律の象徴とされるようになり、社会全体に「痩せている=美しい・立派」という価値観が広がっていきました。

人間の身体は本能的に「ちょうどよい体重」に落ち着こうとします。脳幹が生命維持を司り、食欲や睡眠欲といった本能的欲求を調整しているのです。その自然なバランスが「BMI22」であり、160cmの女性なら56kgという数値に当たります。つまり、食欲や身体の働きに素直に従って生活すれば、この辺りの体重に落ち着くのが自然なのです。
しかし「痩せているほうが美しい」という社会的な刷り込みによって、自然な体重を「太りすぎ」と誤解してしまう。このズレこそが、現代人を苦しめている一因なのです。摂食障害や過剰なダイエットが増えている背景には、この「痩せ信仰」が大きく関わっています。

痩せること自体が悪いわけではありません。肥満は糖尿病や高血圧、心疾患などのリスクを高めます。一方で、痩せすぎもまた深刻な健康リスクを伴います。筋肉量の低下や骨密度の低下、免疫力の低下など、将来的な病気や寝たきりのリスクを高めるのです。
つまり、重要なのは「過度に痩せる」ことでも「放置して太る」ことでもなく、自分にとって健康的なバランスを保つことです。数値で言えばやはり「BMI22」、身長160cmで56kgが基準として適切なのです。

痩せることが目的になってしまうと、極端な食事制限や無理な運動に走りがちです。しかし本来の目標は「健康的に生きること」のはずです。そのためには、まず「世間の理想体型」と「本能が求める健康体重」の間にズレがあることを理解することが大切です。
たとえば、160cmで56kgの自分を「太っている」と感じてしまうのは社会の刷り込みであって、医学的には最も健康的な状態だということを、ぜひ覚えておいていただきたいと思います。
痩せることは決して悪いことではありません。しかし「痩せすぎている状態を理想」と思い込むことは、むしろ不健康につながります。人間の本能が求める体重は、医学的に見ても「BMI22」に近い値です。つまり、160cmの女性なら56kgが「ちょうどよい」のです。
社会的な価値観やファッションの影響に振り回されるのではなく、自分の身体の声を聞きながら、健康的な体重を目指していきましょう。痩せすぎても、太りすぎても良くない。大切なのは「無理のない範囲で、本能が求める自然な体重に近づけること」なのです。