近年、精神疾患と遺伝との関係について耳にする機会が増えています。「親がうつ病だから、自分も必ず発症するのではないか」「統合失調症は遺伝するのだろうか」といった不安を抱く方も少なくありません。精神疾患の成り立ちには、体質として受け継がれる“遺伝要因”と、生活習慣や環境によって影響を受ける“環境要因”が複雑に関わっています。本記事では「遺伝率」という考え方を軸に、精神疾患の発症における体質と環境の割合について整理し、発症リスクを下げるために私たちが日常生活でできる工夫を考えていきます。

まず「遺伝率」という言葉を正しく理解することが大切です。遺伝率とは、ある病気の発症を集団全体で見たときに、どの程度が遺伝的な要因によって説明できるかを示す割合を指します。
例えば、アトピー性皮膚炎を例に挙げてみましょう。アトピー性皮膚炎は遺伝率が比較的高く、6~8割程度といわれています。これは、100人の患者さんがいた場合、そのうちおよそ70人前後は遺伝的要因によって発症していると説明できるという意味です。残りの30人前後については、生活環境や食習慣、アレルギーへの曝露など環境要因が大きく関与していると考えられます。
重要なのは、遺伝率が高いからといって「必ず遺伝する」という意味ではない点です。あくまで集団全体を対象とした統計的な割合であり、個々の患者さんにおいては、家族歴や生活習慣によってその比重は変わります。
精神疾患の中でも統合失調症は、遺伝要因の関与が大きいとされています。研究では遺伝率はおよそ70%程度と報告されています。つまり、統合失調症を発症している人々の集団を見たとき、約7割は体質的な要素が大きく影響しているということです。
そのため、統合失調症の治療においては脳の機能的な体質改善が重要であり、薬物療法が大きな役割を果たします。もちろん生活習慣の改善も無意味ではありませんが、遺伝的な体質の割合が高いことを踏まえると、薬の効果を適切に活用することが欠かせないといえます。
ただし、個人差は大きく、家系に統合失調症の方が多い場合は遺伝の影響が強まり、逆に家族にそうした病歴がない場合はストレスや生活習慣など環境要因の比重が相対的に大きくなります。したがって「70%は必ず遺伝で決まる」という一律の見方は誤解につながりかねません。

一方、うつ病は統合失調症と比較すると遺伝の関与はやや低く、遺伝率はおよそ40%程度とされています。つまり、患者全体で見た場合、6割は環境的な要因が大きいということです。
この数字からもわかるように、うつ病は生活環境の改善やストレス対策によって予防や再発防止が比較的可能な疾患といえます。親がうつ病だからといって、必ず自分も発症するわけではなく、むしろ環境の整え方によってリスクを下げられる余地が大きいと理解することが安心につながります。

「親が統合失調症だから、自分も同じ病気になるのではないか」と心配する方も少なくありません。確かに、統合失調症はうつ病に比べて遺伝的要素が強いため、家族歴を持つ人は発症リスクが高い傾向にあります。
しかし重要なのは、リスクを「ゼロにはできないが、減らすことはできる」という視点を持つことです。遺伝の要因は変えることができませんが、環境の要因、すなわち生活習慣やストレスへの対処方法は自分自身で整えることが可能です。その努力によって、発症を防いだり、症状の軽減や再発防止につなげることができます。
では、環境要因を整えるために私たちが日常生活で意識すべきことは何でしょうか。ここでは「食事・運動・睡眠・入浴」の4本柱を紹介します。
1. 食事
心と体の健康の基盤は食事です。特にタンパク質は神経伝達物質の材料となるため欠かせません。さらにビタミンやミネラルといった微量栄養素も重要です。過度な偏食を避け、バランスの取れた食事を心がけることで、脳の働きを支えることができます。
2. 運動
ウォーキングや軽い筋トレなどの適度な運動は、自律神経を整える効果が期待できます。心拍数を少し上げる程度の運動を日常に取り入れるだけでも、ストレス耐性が高まり、精神疾患の発症リスクを下げる助けとなります。
3. 睡眠
夜はしっかり眠り、朝は自然に目覚めるという生活リズムは、自律神経の安定に直結します。特に22時から6時の間は深い睡眠がとれる時間帯とされ、可能であればこの時間に睡眠を確保することが望ましいでしょう。夜勤などでどうしても難しい場合は、他の生活習慣をより丁寧に整える意識が大切です。
4. 入浴
お風呂に入ることで体の芯から温まり、血管の拡張と収縮が繰り返されることで全身の血流が促されます。これにより酸素や栄養が体の隅々まで届き、自律神経の安定につながります。シャワーだけで済ませず、できる限り湯船に浸かる習慣を持ちたいものです。

生活習慣を整えることの大きな目的は「自己治癒力」を高めることにあります。人間の体はストレスを受けても回復する力を本来備えていますが、その力が十分に発揮されるのは自律神経が整っているときです。
どんなにストレスの少ない生活を心がけても、完全にストレスを避けることはできません。だからこそ、ストレスから回復できる体をつくることが大切なのです。
精神疾患の発症には、遺伝と環境という二つの要素が絡み合っています。統合失調症はおよそ7割が遺伝要因、うつ病は4割が遺伝要因といわれており、病気によってその割合は異なります。遺伝の影響を完全に排除することはできませんが、環境要因を整えることでリスクを下げ、症状を和らげることは可能です。
食事・運動・睡眠・入浴という生活習慣の4本柱を意識することは、副作用もなくコストもかからない効果的な取り組みです。親に精神疾患の既往があるからといって過度に不安を抱えるのではなく、「できることから整えていく」という姿勢が大切です。
精神疾患の遺伝率を正しく理解し、自分にできる生活習慣の改善を積み重ねること。それが、不安を少しでも軽くし、心身の健康を守る大切な一歩となるでしょう。