子育てをしていると「過保護すぎるのでは?」「干渉しすぎでは?」といった言葉を耳にすることがあります。親としては子どもを思うあまりにしていることでも、周囲からは否定的に見られてしまうこともあるでしょう。では、実際に「過保護」や「過干渉」は悪いことなのでしょうか。今回は両者の違いと問題点、親の心理、そして子どもの成長に不可欠な「レジリエンス(回復力)」という観点から考えていきたいと思います。

まずは言葉の定義を整理してみましょう。
一般的には「過干渉は良くないが、過保護は場合によっては良いこともある」と言われることがあります。しかし、両者の根底には共通する問題が潜んでいるのです。
両者に共通する最大の問題は「子どもを信用していない」という点です。
子どもには「失敗する権利」があります。自分の意思で挑戦し、たとえ失敗したとしても、そこから学び、元より高い地点に立ち返る力を持っています。逆に、親にやらされたことは成功しても成長につながりにくく、失敗すれば立ち直る力も身につきません。
たとえば、親が過剰に勉強を教え込んで得た成績は、あくまで親の努力の成果であり、子ども自身の飛躍にはなりません。親のサポートを離れれば成果は続かず、むしろ挫折した際には元に戻ることさえ難しくなります。
つまり、親の過剰な介入は「子どもが自分の意思で考え、行動する力」を奪ってしまうのです。

なぜ親は過保護・過干渉になってしまうのでしょうか。その背景には、親の心理と社会の風潮があります。
親は多くの場合、子どもを自分と同一視してしまいます。子どもの失敗は自分の失敗であるかのように感じ、傷つきたくない、恥をかきたくないという気持ちが強く働きます。結果として、子どもに失敗させないよう「安全な道」を早めに選ばせてしまうのです。
さらに、現代社会全体に「失敗を避ける」風潮があります。進学や就職の選択においても、挑戦よりも安定を重視する空気が強く、親は子どもの将来にリスクが生じることを恐れて、早い段階でレールを敷こうとします。その結果、子どもは挑戦する機会を奪われ、成長のチャンスを失ってしまうのです。

人生において最も重要なのはレジリエンス、すなわち困難を乗り越え、以前よりも強く立ち直る力です。
子どもが自ら挑戦し、失敗し、それを克服する経験を積むことで、この力は育まれます。しかし、過保護・過干渉のもとで育った子どもは失敗する経験を十分に得られません。そのため、大人になって初めて大きな困難に直面したとき、立ち直ることが極めて難しくなるのです。
親にとって「わが子の失敗を見守ること」は容易ではありません。ですが、失敗から立ち直った経験こそが、子どもを将来の困難に強くします。挑戦や失敗の機会を奪うことは、子どもから最も大切な財産を奪うことに等しいのです。

では、親はどのような姿勢で子どもに関わればよいのでしょうか。
過保護や過干渉を完全に否定する必要はありません。親の愛情の表れであり、安全を願う気持ちは自然なものです。ただし、その愛情が「子どもの成長に必要な経験を奪う」方向に働かないよう注意することが大切です。
過保護も過干渉も、根底には「子どもを信じきれない親の不安」があります。親が子どもを自分と同一視し、失敗を恐れるあまりに介入してしまうのです。
しかし、人生において最も大切なのはレジリエンス、つまり失敗しても立ち直る力です。子どもが挑戦し、失敗し、それを克服する過程こそが、将来を切り開く力を育てます。
親にできる最も大切なことは「信じて見守ること」。失敗は子どもにとっての大きな財産であり、親がそれを奪ってしまっては、子どもの可能性を狭めることになってしまいます。愛情を持ちながらも、子どもが自らの力で立ち上がる経験を積ませる――それこそが、親が与えられる最高の贈り物なのではないでしょうか。