誰にでも「この人はちょっと生理的に無理…」と感じる相手がいるのではないでしょうか。容姿や話し方、話す内容、目つき、態度…理由はさまざまですが、とにかく一緒にいるだけで居心地が悪く、体が拒否反応を示してしまうような人。多かれ少なかれ、誰もがそうした経験を持っているはずです。
この「生理的に無理」という感覚は、実は二つのパターンに分けられるのではないかと思います。ひとつは「本能的に無理」というケース。もうひとつは「勘違いからくる無理」というケースです。
まず、「本能的に無理」という人について考えてみましょう。人間は動物であり、動物には本能があります。犬や猫が危険を察知して吠えたり逃げたりするように、人間にも生存本能が備わっています。
原始時代に置き換えて考えるとわかりやすいでしょう。もし目の前の相手が「自分の生存を脅かすかもしれない」と感じられたら、近づかない方が安全です。現代社会はジャングルではありませんが、人間関係の中でも「この人と関わると消耗する」「なんだか危険な匂いがする」と直感的に感じることがあります。これが「本能的に無理」の正体です。
例えば、ある人の雰囲気や言葉づかいがどうしても不快に感じられ、話をしても笑顔で接しても、違和感やストレスが積み重なってしまう。そうした相手がいると、私たちは無意識に「この人から距離を取らなければ」と判断してしまうのです。
厳しいのは、本人が悪気を持っていなくても「本能的に無理」と思われてしまう場合があることです。努力して笑顔を見せたり、気を遣ったりしても、どうしても拒否感を持たれてしまう…。それは残酷ですが、現実として起こり得るのです。

一方で、「生理的に無理」と感じるのが勘違いから来ている場合もあります。例えば、誰かにじっと見られて「嫌な目で見ている」と思ったとします。でも実際には「服装が乱れていないか心配して見ていた」なんてこともあるかもしれません。
人は他者の行動を、自分に不利な形で解釈しがちです。これを心理学では「認知の歪み」と呼びます。つまり、相手の意図を誤解して「生理的に無理」と思い込んでしまうケースがあるのです。
このタイプの「無理」は、話し合いを重ねたり、一緒に時間を過ごしたりすることで誤解が解ける可能性があります。最初は嫌な印象だったけれど、話してみたら案外いい人だった…という経験を持つ方も多いのではないでしょうか。
では、本能的に無理な人にどう対応すればいいのでしょうか。残念ながら、この場合は「慣れれば大丈夫」にはなりにくいものです。見た目や話し方にどうしても拒否反応が出てしまうなら、やはり距離を取るのが一番の方法です。
他人であれば接触を減らすのは比較的簡単ですが、問題は親子や兄弟といった近しい関係です。親子関係であっても「生理的に無理」と感じることは少なくありません。しかし、無理に関係を修復しようとすると、かえってお互いを傷つけてしまうことが多いのです。
医療現場でも、患者さんに「距離を取るように」と助言することがあります。実際に数年会わないようにした方が「以前より心が落ち着いた」と感じるケースも少なくありません。罪悪感や「親不孝ではないか」という思いに苦しむこともあるでしょうが、無理に関わり続けるよりはずっと健全です。
中学生や高校生など、親と暮らしている子どもが「親を生理的に無理」と感じることもあります。この場合は家を出ることが難しく、距離を取るのは容易ではありません。
それでも、工夫の余地はあります。例えば、帰宅時間をずらす、食事の時間を別にする、必要最低限の会話にとどめるなど、日常生活の中で少しずつ距離を置くことができます。小さな工夫の積み重ねでも、心理的な負担を減らすことにつながるのです。
最後に強調したいのは、「無理なものは無理」というシンプルな事実です。人間は理屈だけで心をコントロールできるわけではありません。

もちろん、勘違いから生まれた拒否感は解消できるかもしれません。しかし、本能的に「無理」と感じる相手に無理して近づく必要はありません。それは努力や修行の問題ではなく、人間の本能の一部だからです。
大切なのは「どうすればお互いに傷つかずに済むか」という視点です。その答えが「距離を取ること」であるなら、罪悪感にとらわれる必要はありません。むしろ、それが一番誠実な選択なのです。
「生理的に無理」という感覚は、誰にでも起こり得る自然な反応です。それは人間が本能的に持つ「身を守るためのセンサー」でもあります。無理に我慢して相手と向き合おうとするのではなく、必要に応じて距離を取り、自分の心を守ること。それが、現代社会を生きる上でのひとつの知恵ではないでしょうか。