妄想を訴える方への対応の正解

妄想を訴える方への理解と対応について

妄想を訴える方への理解と対応について

私たちが日常生活で耳にする「妄想」という言葉は、しばしば「勘違い」と混同されて使われることがあります。しかし、精神医学における「妄想」と一般社会における「妄想」には、大きな違いがあります。ここでは、精神科的に定義される妄想の特徴と、それに直面した際の臨床的な対応について丁寧に解説していきます。

妄想と勘違いの違い

一般的に「妄想」とは、現実と異なることを信じている状態を指します。例えば「誰かに監視されている」と信じている場合、それが事実と異なれば「妄想」と呼ばれることがあります。しかし精神医学的な定義では、単に現実と異なることを信じているだけでは妄想とは言いません。大切なのは、その誤った確信が周囲の説得や証拠によって修正されないという点です。これが精神科的にいう「妄想」の本質です。

一方で「勘違い」は、現実と異なることを一時的に信じてしまう点では似ていますが、人からの説明や状況の再確認によって修正されます。例えば「財布を落とした」と思っても、家の机にあるのを見れば納得できる。これが勘違いです。妄想は、こうした修正が一切効かないのが大きな違いといえるでしょう。

妄想の具体例

妄想の具体例

精神科臨床でよくみられる妄想の一つに「被害妄想」があります。代表的なのは「世界中から監視されている」という内容です。一般市民が世界中から注目される合理的な理由は存在しません。それでも本人は強い確信を抱き、周囲がどれだけ「そんなことはない」と説明しても、決して納得しないのです。このように、事実や論理を超えて揺るがない確信を持つのが妄想の特徴です。

また高齢者に多くみられる「物盗られ妄想」もよく知られています。これは「隣人に自分の物を盗まれた」と信じる妄想です。現実的にも物を盗まれる可能性はゼロではないため、外見上は真実と妄想の境目が分かりにくいという特徴があります。高齢期に発症する妄想は、日常生活に即した内容が多いため、家族や周囲が混乱することも少なくありません。

妄想の内容より大切な「トーン」の観察

妄想を訴える方と接する際に重要なのは、妄想の内容が現実的かどうかを議論することではありません。それよりも、その方がどのような「トーン(態度や感情の表出)」で語っているかを丁寧に観察することが大切です。具体的には、目つき、表情、声の大きさや切迫感などに注目します。冷静に話しているようでも、深く掘り下げると突然怒り出したり、「わかってくれない」と強い感情を示したりすることがあります。そうした感情の乖離は、不適切にドーパミンが過剰に分泌されている状態を示唆し、妄想性障害や統合失調症の可能性を考える手がかりになります。

妄想に対する関わり方

かつては「妄想を詳しく聞くと固定化する」と考えられていましたが、現在ではそうした考え方は支持されていません。実際には、妄想を抱く方は日常的にその内容を考え続けており、質問されたかどうかは妄想の強さに大きく影響しないのです。むしろ丁寧に話を聞き、本人の苦しみに共感することが重要です。

例えば「隣人に物を盗られた」と訴える方には、「自分の物を盗られるのはつらいですね」「四六時中気が休まらないでしょう」といった共感的な返答をすることが有効です。妄想の真偽を議論するのではなく、「あなたはそう感じている」という事実を認め、気持ちに寄り添うのです。そして、「ここは真偽を確かめる場ではなく、疲弊しているあなたを助ける場所だ」と説明すると、多くの方が納得してくれます。

治療の実際

治療の実際

妄想を背景に、不眠・不安・抑うつといった症状が生じることは少なくありません。通常の不眠には睡眠導入剤が用いられることもありますが、妄想性障害や統合失調症が疑われる場合には抗精神病薬を中心とした治療が行われます。具体的には、クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ラツーダ、レキサルティ、アリピプラゾールなどが選択されることがあります。これらは妄想そのものを修正するだけでなく、不眠や不安、抑うつといった随伴症状の改善にも有効です。

大切なのは、治療の目的を「妄想の真偽を正すこと」ではなく、「妄想によって生じた苦しみを和らげ、生活の質を保つこと」と捉える姿勢です。妄想の内容に直接立ち向かうのではなく、その結果として疲弊している心身を支えることが、現実的かつ有効なアプローチとなります。

まとめ

妄想を訴える方への対応は、単に「事実かどうか」を議論するのではなく、本人の感情や苦しみに寄り添う姿勢が欠かせません。妄想は外部からの説得では修正されませんが、その中で抱える不安や疲労に焦点を当て、共感と治療的介入を行うことで、本人の生活の安定につながります。精神科臨床においては、妄想を「取り除く」ことよりも、「妄想により生じた苦しみを和らげる」ことが、治療者と患者を結ぶ現実的で誠実な対応といえるでしょう。