嫌われる勇気について

嫌われる勇気について

「嫌われる勇気」とは何か ー 顔色を伺う力と自己肯定感のバランス

年末年始、本屋でふと目に入った一冊――『嫌われる勇気』。そのタイトルだけでも強いメッセージを感じる人は多いでしょう。確かに「嫌われる勇気」を持てることは、一見すると最強の生き方のように思えます。しかし、改めて考えてみると、それは裏を返せば「嫌われることに怯えている」からこそ響く言葉なのかもしれません。

人は社会の中で生きている以上、相手の顔色を伺う場面は必ず存在します。病院に行けば受付の方に挨拶をし、その人が機嫌良さそうならこちらも明るく返す。不機嫌そうなら距離をとりながら慎重に接する。患者さんとのやりとりでも同じです。明るい人にはフランクに、辛そうな人にはデリケートに――こうした気配りは決して悪いことではなく、むしろ人間関係を円滑にするための重要な力でもあります。

しかし、この「顔色を伺う」ことが過剰になりすぎると、今度は自分自身が苦しくなってしまいます。人の感情に敏感で合わせることばかりに意識を向けていると、自己肯定感がどんどん下がっていき、「自分の感情を表に出せないまま生きる」ことになるからです。

AC(アダルトチルドレン)の視点から見る「顔色を伺う力」

心理学では、幼少期に両親が依存症であったり、家庭環境が不安定だった子どもは、親の顔色を常に伺うようになります。これがいわゆる「アダルトチルドレン(AC)」の傾向です。

ACの人は「顔色を伺うプロ」として成長し、その能力は学校でも会社でも大いに役立ちます。先輩や上司の感情を敏感に読み取れるため、場を荒立てずに立ち回ることができるからです。一方で、自分の感情を押し殺し続けるために「誰も自分に合わせてくれない」「自分は常に相手に合わせる存在だ」と感じやすくなり、自己肯定感を大きく損ねてしまいます。

逆に、自分の感情を遠慮なく撒き散らす人もいます。しかし社会生活においては、常に100%感情をぶつけることは不可能です。結局はどこかで「合わせる」ことを求められる。つまり、人間関係とは「撒き散らす」と「合わせる」のバランスの上に成り立っているのです。

バランスを失うと自己肯定感が下がる

バランスを失うと自己肯定感が下がる

例えば、感情を1割は出し、9割は相手に合わせる人は、人付き合いが上手なタイプだと言えるでしょう。ところが、感情を全く出さず100%相手に合わせるようになると、自己肯定感は急速に下がっていきます。

そうした人に必要なのが「嫌われる勇気」です。つまり、「少しは自分の感情を出してもいい」「時には嫌われても仕方がない」と思えることが、自己肯定感を回復するカギになるのです。

ただし注意すべきは、もともと感情を撒き散らす傾向の強い人に「嫌われる勇気」を勧めても、単に迷惑な存在になるだけだということです。重要なのは、普段「合わせる」側に偏りすぎている人が、自分の感情を少しでも表に出す勇気を持つことにあります。

「悪い子」を出せる場が必要

「悪い子」を出せる場が必要

依存症の方の診療にあたると、会社では常に「いい人」として振る舞い、家に帰ると酒の勢いで感情を撒き散らす、という二面性を持つケースが少なくありません。そしてその家族、特に子どもは常に「合わせる側」に回りがちです。

このような人々にとって大切なのは、日常生活の中で感情をぶちまけることではなく、安心できる「疑似空間」でそれを実践することです。精神科の診察室やカウンセリングルームがその役割を果たします。

実際、依存症の方は診療の場面でも「いい子」で居続けることが多いのですが、それでは治療は進みません。むしろ「あの人、感じ悪いよね」とスタッフが思うくらいに感情を出せるようになって初めて、本当の治療が始まるのです。

「嫌われる勇気」とは日常生活でキャラを変えることではない

「嫌われる勇気」とは日常生活でキャラを変えることではない

ここで誤解してはいけないのは、『嫌われる勇気』が「日常でわがままを押し通せ」「自己主張をむやみに増やせ」と勧めているわけではない、という点です。むしろ普段100%相手に合わせてしまう人が、安心できる場で感情を吐き出す練習をし、自己肯定感を取り戻すことこそが本質です。

人に合わせる力は大きな能力です。しかし、その割合が偏りすぎると自分が壊れてしまう。だからこそ、顔色を伺うことと感情を出すこと、その両方を上手に行き来するバランス感覚が大切なのです。

まとめ

まとめ

「嫌われる勇気」とは、決して日常でわがままに振る舞うための免罪符ではありません。むしろ「人に合わせすぎて苦しくなっている人」が、自分を取り戻すために必要な視点です。

顔色を伺う力は確かに社会で役立ちます。しかし100%相手に合わせてしまうと、自己肯定感を失い、生きるのがどんどん苦しくなっていく。だからこそ、プロの場や安心できる空間で感情を解放し、「悪い子」を出すことが回復や成長につながるのです。

結局のところ、「嫌われる勇気」とは――誰かに嫌われてもいい、という開き直りではなく、「誰にどう思われても、自分の感情を大切にしていい」という自己受容のことなのかもしれません。