―自然に回復する力と治療のメリット―
私たちが日常生活を送る中で、「今日はやる気が出ない」「なんだか気持ちが沈む」と感じることは誰にでもあるものです。しかし、この気分の波が病的に大きく、生活や仕事に深刻な影響を及ぼす場合、それが「うつ病」と呼ばれる状態です。うつ病の主な症状は「抑うつ気分」と「意欲の低下」であり、この二つが日常生活を困難にさせる要因となります。
では、うつ病を治療せずに放っておいたらどうなるのでしょうか。ここでは、臨床現場の知見を踏まえつつ、うつ病の自然経過と治療の意義について考えてみます。

うつ病には「気分の波(ムードスイング)」があり、多くの場合、治療をしなくても時間の経過とともに自然に回復していきます。これは、風邪やインフルエンザと似ています。インフルエンザの多くは薬を使わなくても自然に治りますが、抗インフルエンザ薬を使うことで症状が軽くなったり、治るまでの時間が短縮されたりします。
うつ病も同様に、薬を使わなくても自然に回復する力があります。ただし、治療を行うことで「どん底の落ち込みの深さが和らぐ」「発作の頻度が減る」「回復までの時間が短くなる」というメリットがあります。つまり、「治療しなくても治るが、治療すればもっと楽に回復できる」病気なのです。
ここで重要なのは、うつ病と統合失調症の違いです。統合失調症の場合は幻覚や妄想といった症状が続き、薬を用いなければ改善が難しいケースが多いのに対し、うつ病は自然に良くなる傾向を持っています。統合失調症では治療を怠ると「人格水準の低下」が進み、社会生活に大きな支障をきたします。そのため、統合失調症は薬物療法が必須とされますが、うつ病の場合は治療の有無を患者自身の選択に委ねる余地があるのです。

とはいえ、うつ病が重症化すると自然回復を待つだけでは危険な場合があります。極端な気分の低下から「昏迷状態」と呼ばれる心身が極度に衰弱した状態に陥ることがあるのです。食事が取れず体重が著しく減少し、身の回りのこともできなくなると、生命の危機に直結します。
この段階になると、精神科病院よりも総合病院の内科に入院し、点滴や栄養補給を中心とした身体管理が必要になります。体力や栄養状態を整えることで、自然に回復へと向かうケースも少なくありません。つまり、うつ病は本来「自然に良くなる」病気であっても、重症化すれば命を脅かすほど危険になり得るのです。

うつ病に対する治療の柱は、抗うつ薬を中心とした薬物療法、心理療法(カウンセリング)、そして生活習慣の改善です。これらを行うことで、以下のような効果が期待できます。
抗うつ薬は必須ではありませんが、「せっかくある治療法なのだから活用した方が楽になる」というのが多くの精神科医の考え方です。一方で、副作用や依存への懸念から使用をためらう患者さんも少なくありません。中には「薬は製薬会社の利益のためにあるだけで意味がない」と主張する人もいます。しかし実際には、多くの臨床現場で「使った方が生活が楽になる」ケースが確認されています。

大切なのは、うつ病が「必ずしも治療を強制されるべき病気ではない」という点です。放っておいても時間が経てば自然に回復する力がある一方で、治療を行えばその経過が格段に楽になります。
例えば、もし筆者自身がうつ病になったとしたら、迷わず抗うつ薬を使うでしょう。その理由は、症状の程度を軽くできて期間も短くできるからです。ただし、薬を使いたくないと強く希望する人に対して、統合失調症のように「必ず使うべき」と説得することはしません。患者自身の選択を尊重し、薬を使わない範囲での支援を行うことも可能です。
うつ病を治療しないとどうなるのか。その答えは「自然に良くなるが、治療した方が楽になる」ということです。自然回復力を持つ一方で、重症化すると命に関わる場合もあるため、治療の意義は軽視できません。
治療の選択は最終的に患者自身に委ねられますが、薬物療法・カウンセリング・生活習慣改善を組み合わせることで、うつ病の波はより穏やかになり、再発のリスクも軽減されます。
「うつ病は必ず治療しなければならない病気」ではなく、「治療を選ぶことで生活をより楽にできる病気」――その視点を持つことが、患者さんと周囲の人々にとって大切だといえるでしょう。