不倫・浮気について考えてみました

本能と社会通念の狭間で

 本能と社会通念の狭間で

不倫や浮気というテーマは、人間関係の中でも特に感情を揺さぶる問題のひとつです。社会的にタブーとされる一方で、現実には多くの人が関わり、悩み、そして時に精神的な不調の原因ともなります。本稿では、この問題を「動物的本能」と「社会通念」という二つの軸で整理し、より深い理解を試みたいと思います。

社会通念としての一対一の関係

社会通念としての一対一の関係

現代の社会では、男女が一対一で関係を結ぶことが当然視されています。特に結婚制度においては、不倫や浮気は「不貞行為」として法律でも規定され、場合によっては法的な制裁の対象ともなります。これは「一人の男性と一人の女性が互いに愛し合い、家庭を築く」という枠組みが、社会を安定して運営するために作られたルールだからです。

しかし、このルールは生物学的に自然なものではありません。人間は元来、動物としての側面を持ち、かつての社会では一夫多妻や複数のパートナー関係が曖昧な形で存在していました。強い個体が多くの子孫を残す仕組みは、動物界では珍しくありません。それを人間社会が「一対一の関係」に収束させたのは、より多くの人々を幸福にし、社会を円滑に維持するための工夫だったのです。

動物的本能としての複数関係

動物的本能としての複数関係

一方で、人間も生物である以上、動物的な本能を抱えています。男性が複数の女性と関係を持ちたい、女性が複数の男性や現在のパートナー以外の相手に惹かれる――こうした欲求は、本能的には自然な現象です。そのため「なぜ不倫や浮気をしてしまうのか」という問いに対しては、「動物としての本能が働いているから」という答えも一面の真実です。

ただし、人間はサルでも動物でもなく、社会的存在です。本能に従うだけでは、社会が破綻してしまいます。そこで「本能」と「社会の枠組み」をいかに調和させるかが、人間ならではの課題となるのです。

甲斐性と能力の限界

甲斐性と能力の限界

ここで重要になるのが「甲斐性」、つまり他者を幸福にする力です。多くの人にとって、一人の相手を幸せにするだけで精一杯です。だからこそ一対一の関係が社会通念として広まり、支持されてきました。しかし中には例外的に、複数の相手を経済的・精神的に支えられる人も存在します。いわゆる「ビッグダディ型」の家庭や、パートナーを変えつつ多くの子どもを育てるケースは、その極端な例といえるでしょう。

平均的には一対一の関係が望ましいですが、必ずしも全員がその枠に当てはまるわけではありません。この多様性を認めることもまた、現代社会の課題です。

不誠実さの問題

不誠実さの問題

不倫や浮気において最も問題視されるのは「隠すこと」、つまり不誠実さです。既婚者であることを偽って関係を持つ、嘘をついて相手を巻き込む――これは単なる本能の問題ではなく、倫理や誠実さの欠如として非難されるべきでしょう。逆に言えば、関係性をオープンにし、お互いが納得している場合には、必ずしも一概に悪とは言えない側面もあるのです。

家庭と子どもへの影響

家庭と子どもへの影響

不倫や浮気は、家庭や子どもに影を落とすこともあります。しかし「父が母だけを愛していなかった」「母が父だけを愛していなかった」という事実をもって、その家庭の価値を全否定するのは早計です。親の関係性の問題と、子どもの価値や愛されるべき存在としての意味は別物だからです。精神科医としては、この視点を持つことが、心の救いになる場合もあると考えています。

本能と通念の狭間で

本能と通念の狭間で

結局のところ、不倫や浮気の問題は「動物的本能」と「社会的通念」という二つの枠組みの対立から生じるものです。誰しもがそのはざまで揺れ動く可能性を持っています。本能に従い過ぎれば社会性を失い、社会通念に縛られ過ぎれば本能の抑圧による苦しみが生じる。そのバランスの中で葛藤し、悩むこと自体が人間的な営みなのです。

精神医学の観点から

精神医学の観点から

精神医学的に見ると、不倫や浮気を一律に「悪」と決めつけることは、当事者やその家族に不必要な苦しみを与えることにつながります。「常識」という社会通念は大切ですが、それだけが人間の価値を決めるものではありません。不倫や浮気をしたからといって、その人の価値がゼロになるわけではない。その家庭が築いてきたものがすべて無に帰すわけでもありません。この柔軟な理解こそが、精神的に追い詰められた人々を救う糸口となるのです。

おわりに

おわりに

不倫や浮気は、人間が「動物的本能」と「社会的存在」という二面性を持つ限り、常に起こり得る問題です。重要なのは、これを単純に善悪で片付けるのではなく、その背景にある本能や社会通念の仕組みを理解すること。そして不誠実さを避けつつ、自分や他者の価値を否定しない視点を持つことです。この考え方が、多くの人の心を少しでも軽くする助けになればと思います。