私たちが日常的に口にする「うつ」と「うつ病」という言葉。実は、この二つは厳密には異なる概念を指しています。「うつ」とは気分の落ち込みや意欲の低下といった症状全般を示す言葉で、背景にはさまざまな原因が考えられます。アルコールの過剰摂取や薬物使用、統合失調症などの病気に伴って「うつ」症状が現れることもあります。一方で、こうした基礎疾患が存在せず、体質的な要因から気分の落ち込みが続く場合にはじめて「うつ病」という診断名が与えられます。
今回はこの「うつ病」がなかなか改善しないとき、どのように考え、どう向き合っていけばよいのかを整理してみたいと思います。

うつ病は一言でいえば「心のエネルギー」と「周囲からのストレス」とのミスマッチによって生じる状態です。誰しも精神的なエネルギーをゼロにすることはできません。体力と同じく、少なからずエネルギーを持っており、それが極端に低下したときに生活に支障が出ます。便宜的にエネルギーを「100」と仮定すれば、人によって1しかない場合もあれば、100を持つ人もいる。そこに周囲からのストレスが加わると、残りのエネルギーがどれくらい生活に使えるかが決まります。
エネルギーが減ってしまって増えない場合、あるいは周囲のストレスが過大でエネルギーを消耗し続けてしまう場合、うつ病は長引きやすくなります。難治性のうつ病には、大きく分けてこの二つのパターンが存在します。

エネルギーが増えないタイプのうつ病では、治療の「三本柱」が重要です。それは 薬物療法・生活習慣の改善・カウンセリング です。
薬物療法では抗うつ薬を用い、脳内のセロトニンを増やしたり、神経細胞を育てるBDNFと呼ばれる物質を増やしたりすることで、エネルギーの総量を高めることを目指します。また、生活習慣の改善も不可欠です。早寝早起きや1日3食の食事、トリプトファンやビタミン類の摂取、腸内環境の整備などは、脳の働きを支え、心のエネルギーを補強します。こうした積み重ねが、徐々にエネルギーを取り戻すための土台となるのです。

もう一つのタイプは、ストレスが大きすぎてエネルギーを使い果たしてしまう場合です。このとき大切になるのがカウンセリングです。カウンセリングでは、自分の考え方の癖に気づき、修正していきます。たとえば、上司に叱られたとき「嫌だな」と感じるのか、「自分のために言ってくれた」と捉えるのかで、受けるストレスの大きさは変わります。こうした「リフレーミング」によって、同じ出来事でも心への負担を軽減できるのです。
また、経済的困難や介護疲れといった現実的な要因が背景にある場合は、生活保護や介護サービスの利用、訪問看護による生活習慣の是正など、社会資源を活用することも重要です。環境を整えることは、薬やカウンセリングと同じくらい大切な治療の一部なのです。
では、2〜3年以上治療を続けても改善が乏しい場合、どう考えればよいのでしょうか。このような状態は一般に「難治性」と呼ばれます。ただし「良くならない」といっても、主観的な感覚だけでは判断できません。学校や職場に復帰できた、家事ができるようになったなど、客観的な改善がある場合もあります。主観と客観の両方を照らし合わせながら、治療の方向性を見直すことが必要です。
特に大切なのが 行動変容 です。長い治療の中で「ベストを尽くしているのに結果が出ない」と感じる場合は、治療方法や接し方を変えることを検討すべきです。クリニックやカウンセラーを変えるのも一つの手ですが、大切なのは「言われたことを実際に取り入れる姿勢」です。どの専門家も基本的には同じような指導をします。違いが出るのは、自分がその人の言葉を受け入れられるかどうか。人は誰の言葉なら素直に耳を傾けられるのかという相性の要素に左右されることも少なくありません。

難治性のうつ病から回復するためには「世の中で良いとされていること」を一つひとつ試し、実際に取り入れていく姿勢が不可欠です。生活習慣の改善やリフレーミングなどは知識としては簡単でも、実際に実行するのは難しいものです。それでも「変わりたい」という気持ちを持ち、試行錯誤を繰り返すことで少しずつ改善の糸口が見えてきます。
実際、難治性の方の多くは「理由をつけて行動を変えない」傾向があります。しかし、うつ病の治療は自分自身が変わろうとする意欲なしには進みません。薬物療法、カウンセリング、生活習慣の改善――この三本柱を基盤に、相性の合う専門家とともにトライアンドエラーを続けることが、難治性うつ病に立ち向かう現実的な道なのです。
うつ病がなかなか治らないとき、私たちはつい「自分は変われないのではないか」と絶望しがちです。しかし、改善の道は必ず残されています。エネルギーを増やす工夫と、ストレスを減らす工夫。その両方を生活の中に取り入れ、必要に応じて行動変容を実行する。こうした姿勢こそが、長く続く苦しみから抜け出すための第一歩です。