解離性人格障害について

解離性人格障害について

―困難を生き抜くために生まれた心の仕組み―

今日は「多重人格」として知られる解離性同一性障害(DID:Dissociative Identity Disorder)についてお話ししていきたいと思います。テレビドラマや映画の題材としてもよく取り上げられるテーマですが、実際に臨床の現場でどのように存在しているのか、また治療のあり方についても触れていきます。

多重人格は本当に存在するのか

多重人格は本当に存在するのか

精神科医の中には、「自分は一度も診たことがない」と言う方も少なくありません。これは、病気が稀だからではなく、患者さんの背景や医師が関わる場の違いによる部分が大きいのです。

大学病院や大きな基幹病院に勤めていると、患者層は比較的安定した生活基盤を持っている方が中心となります。そのような場では、多重人格に出会う機会はほとんどないでしょう。

一方で、訪問診療や地域での精神医療に携わっていると、より過酷な生育環境を経験された方と接する機会が増えます。例えば少年院で過ごした経験のある方、孤児院で育った方、家庭内で深刻な虐待を受けてきた方などです。そうした背景を持つ方々の中には、比較的高い確率で解離性同一性障害の症状を示す方が存在しています。

つまり、「見たことがない」というのは存在しないのではなく、単に接する患者層の違いに由来していると考えるべきなのです。

多重人格の基本的な特徴

多重人格の基本的な特徴

多重人格とは、一人の人の中に複数の人格が存在する状態を指します。人格は「交代」することがあります。例えば、ある時はAさんという人格が表に出ていて、突然Bさんに切り替わる。しかも切り替わっている間、Aさんは記憶が全く残っていない、ということが起こります。

ただし、必ずしも完全に交代するだけではありません。Aさんが話しながら「ちょっとBさんに相談してみるね」と心の中で対話するようなケースもあります。

人格は無秩序に生まれているのではなく、それぞれが困難を乗り切るための役割を担っています。代表的なものを挙げると以下のようなタイプがあります。

  • 退行した人格:子どものように振る舞い、できないことを「できないよ」と言って逃げることで困難を避ける。
  • 社交的で有能な人格:本来の自分には難しい状況を、器用に立ち回って解決する。
  • 攻撃的な人格:理性を外し、強引に突破しようとする。時に危険な行動に出ることもある。
  • 耐える人格:ストレスや苦痛を一手に引き受け、他の人格を守る。

こうした人格は、耐え難い環境を生き抜くために心が作り出した「適応の仕組み」なのです。ですから、ズルをするためや嘘をつくために生まれることは決してありません。

治療における考え方

治療における考え方

治療を考える際、まず大切なのは人格を否定しないことです。人格は過去の困難を乗り越えるために必要だった存在であり、その人が生き延びるために必死で編み出した手段です。「よく頑張って作り上げたね」と認めるところから始まります。

一方で、注意すべきなのは人格を過剰に個別化することです。名前や年齢、趣味などを掘り下げて「キャラクター化」してしまうと、かえって混乱を招きやすくなります。基本的には役割や大まかな特徴を把握する程度に留めるのが望ましいとされています。

人格同士の対話を促す

最も問題となるのは、人格が完全に交代してしまい、記憶の断絶が生じるケースです。これは日常生活や社会生活に大きな支障をきたします。

そこで治療では、人格同士の対話を促すことを重視します。例えば主人格に対して、「今の状況について、Bさんはどう思っている?」と問いかける。人格同士が会話を重ねることで、切り替わりが激しくなることを防ぎ、共存的な形でやりくりできるように導いていきます。

また、危険性の高い人格、特に攻撃的で理性を飛ばしてしまう人格については、なるべく前面に出さないように配慮します。これは本人や周囲の安全を守るために欠かせない対応です。

薬物療法とカウンセリング

薬物療法とカウンセリング

解離性同一性障害そのものに効く薬はありません。ただし、不安や抑うつ、不眠といった二次的な症状がある場合には薬物療法が行われることもあります。

根本的な治療の中心となるのはカウンセリングです。安全な環境の中で、過去に必要だった人格を認めながらも、今の生活に合った形で共存させていく。人格を消し去るのではなく、対話を通じて調和を図ることが目標となります。

解離性同一性障害を理解するために

ドラマや映画の世界の出来事に思えるかもしれませんが、実際には過酷な生育環境を生き延びた方々の中に一定数存在しています。

「なぜこんな人格が生まれるのか」と考えるとき、それはズルや演技ではなく、生き抜くための必死の工夫だったということを理解していただきたいのです。

今は安全な環境にあっても、過去の辛い体験が心に深く刻まれ、人格という形で残っている方々がいます。そうした方々にとって、まず「人格はあってもいい」と認められることが、安心への第一歩となります。

おわりに

今回は多重人格、すなわち解離性同一性障害について、その背景や症状、治療の方向性についてお話ししました。

この障害は、「非現実的な珍しい病気」ではありません。むしろ、耐え難い環境を生き延びた方が身を守るために身につけた、極めて現実的な心の仕組みなのです。

治療においては、人格を否定せずに認め、人格同士の対話を促すことが重要です。そして、危険な人格を無理に引き出さず、安全を守りながら関わっていくことが欠かせません。

私たちがこうした理解を持つことは、当事者の方々にとって大きな支えになります。もし身近にそのような方がいた場合には、まず「その人格は困難を生き抜くために必要だったのだ」という視点を持って関わっていただければと思います。