私たちの人生において「友人」という存在は欠かせないものです。
中には「友人が一人もいない」と感じている方もいらっしゃるかもしれませんが、実際には心のどこかでつながりを持っている相手が少なからずいるものです。たとえ長らく会っていなかったとしても、思い出の中で今も支えになってくれる人もいますし、SNSを通じてコメントやメッセージを交わす相手もまた友人といえるでしょう。
友人関係の形は多様です。幼い頃からの長い付き合いの友人もいれば、大人になってから趣味や仕事を通じて知り合った人もいます。対面で頻繁に会う人もいれば、画面越しのやりとりしかない人もいます。けれども、どの関係性にも共通しているのは「その存在が私たちの心を支えてくれる」という事実です。

私自身も、幼少期からの友人、学生時代の友人、職場で出会った友人、大人になってから趣味を通じて仲良くなった友人など、さまざまなつながりを持っています。そのすべてが、精神的な安定や生活の充実感に大きく寄与していると感じています。
一方で、友人関係に悩む人も少なくありません。距離感の取り方が難しかったり、相手の気分に振り回されて疲れてしまったり、喧嘩や誤解から疎遠になってしまったりすることもあるでしょう。
それでも、私は「対面で会う友人」も「ネット上でしかやりとりしない友人」も、どちらも同じように尊い存在だと考えています。なぜなら、友人関係とは「自分が何かを与え、それが形を変えて返ってくる関係」だからです。

友人との関係の中で、もっとも心が動かされるのは「想像を超えたものを返してもらった瞬間」です。
例えば、自分が落ち込んでいるときに思いがけず声をかけてもらえたとき。誕生日や記念日に、忘れていたと思っていた友人から温かい言葉をもらえたとき。こうした「予想していなかった優しさ」に触れる瞬間、私たちは大きな感動を覚えます。
ただし、こうした出来事は偶然訪れるものではありません。自分自身が普段から相手に対して「幸せや充実感を届けたい」という思いを持って関わっていなければ、そのような瞬間は生まれにくいのです。与えることが先にあり、それが巡り巡って返ってくる。友人関係の本質はそこにあります。

「与える」というと、金銭的な援助や特別なことをイメージされるかもしれませんが、決してそうではありません。小さな心配りや気持ちのやりとりが大切なのです。
例えば、友人の誕生日に「おめでとう」という言葉に思い出のエピソードを添えて送ること。近況を尋ねたり、相手のことを気にかけている気持ちを表現したりすること。そうした一言で、相手の心を温めることができます。そして、同じような言葉が自分に返ってきたとき、大きな喜びを感じるのです。
友人関係を語る上で、私が大切にしている言葉があります。
それは「来るもの拒まず、去る者追わず」です。
多くの人が人間関係で悩むとき、実は「去っていった人」を心の中で追い続けています。失われた関係に執着し、なぜうまくいかなかったのかと自分を責めてしまうのです。これは人情としては自然なことですが、心をとても疲れさせます。
だからこそ、「来るものは受け入れ、去る者は追わない」という姿勢が大切です。新しいつながりには心を開き、去っていった人には感謝を込めて手放す。実際にこの考え方を受け入れられると、驚くほど心が軽くなる方を私は数多く見てきました。
ただ、この姿勢を「冷たい」と感じる人もいます。確かに情が深い方には簡単なことではありません。しかし、私は「受け入れた相手に誠実に価値を与える」ことを続ける中で、良好な友人関係を築いてこられたと感じています。

人間関係に悩むとき、どうしても「相手から何かをしてほしい」と期待してしまいがちです。しかし、本当に大切なのは「まず自分から価値を与える」ことです。その価値がすぐに返ってくるとは限りません。むしろ返ってこないことの方が多いかもしれません。それでも続けていく中で、ふとした瞬間に返ってきた優しさが、人生を豊かにしてくれるのです。
友人関係は、与え、与えられ、ときに別れを経験しながら育まれていくものです。対面であれ、SNSでのやりとりであれ、患者さんとの関わりであれ、そのすべてを「友人」として大切にする姿勢が、人生をより充実したものにしてくれるのではないでしょうか。
どうか皆さんも、「来るもの拒まず、去る者追わず」の心で、新しい出会いを受け入れ、去っていく人には感謝を送り、そしてまずは自分から相手に幸せを与えることを意識してみてください。その中で生まれる一瞬の感動が、何よりも大きな宝物になるはずです。