私たちが生きていく中で「忘れたいのに忘れられない出来事」に直面することがあります。大きなショックを受けたり、深く傷ついたりした記憶が心の奥に強く残り、その後の人生にまで影響を及ぼしてしまう。こうした過去のつらい体験が、時に私たちの心や生活に大きな負担を与えることがあります。これを一般的に「トラウマ」と呼びます。
トラウマは単に「嫌な思い出」ではありません。日常生活の中でふとした瞬間に鮮明に思い出され、あたかもその出来事を再び体験しているかのように感じてしまうことがあります。これを「フラッシュバック」と言います。自分では忘れたいと思っていても、心の深いところに強烈に刻み込まれているため、繰り返しよみがえってしまうのです。

トラウマのきっかけとなる出来事には、さまざまなものがあります。
たとえば子どもの頃に受けた虐待、暴力や暴言、性的な被害などは代表的なものです。家庭での厳しい扱いや、学校・職場での強い叱責やいじめも、深い傷を残すことがあります。
大人になってからも、事故や災害、職場でのパワハラなどが心に大きな衝撃を与えることがあります。ただ、子ども時代に受けたダメージは特に影響が大きいと考えられます。というのも、人の体や心は成長の途中にあるときに強いストレスを受けると、その後の発達そのものが妨げられてしまうからです。

体の成長は、だいたい思春期で落ち着いてきます。女の子は12歳前後、男の子は中学生の頃に身長の伸びが止まることが多いですよね。体の多くの部分は高校生になるころには大人と同じように整います。
しかし、心を支える「脳」の成長はもっとゆっくりです。脳が大人と同じように完成するのは、25歳ごろだと言われています。つまり体は15歳くらいで整っても、心を支える土台はそれから10年ほど時間をかけて作られていくのです。
このため、25歳までの間に強いストレスやつらい出来事を経験すると、まだ発達の途中にある脳に深い影響を与えてしまいます。完成したあとに受けるダメージと違い、成長そのものを妨げてしまうため、後々まで影響が残りやすいのです。
たとえば、大人になってから職場で上司に強く叱られた記憶がトラウマになることもありますが、同じような出来事でも子どもの時期に体験すると、その後の人生全体により大きな影響を与える可能性があるのです。
トラウマを抱えていると、ただ過去を思い出すだけでは終わりません。気分が落ち込みやすくなったり、眠れなくなったり、不安にかられたりすることがあります。中には人間関係をうまく築けなくなったり、ちょっとした出来事で強く動揺してしまう方もいます。
つまり、過去の記憶が「今ここ」の生活や気持ちにまで影響を与えてしまうのです。本人にとっては「もう過去のこと」ではなく、繰り返し現在に侵入してくる厄介な存在となります。
トラウマを癒やすことは簡単ではありません。時間がたてば自然に消える、というものでもないからです。心に深く刻まれた記憶は、意識しなくても繰り返しよみがえり、強い苦しみをもたらします。
では、どうすればいいのでしょうか。
薬で気持ちを少し楽にする方法もありますが、それだけで完全にトラウマを取り除けるわけではありません。根本的に向き合うには「安心できる環境で、少しずつ過去を整理していくこと」が欠かせないとされています。
ここで大切なのがカウンセリングです。信頼できる人と一緒に、少しずつ過去の記憶を取り出し、向き合い、消化していく作業が必要になります。ただし、これは非常に繊細なプロセスです。急ぎすぎると心が耐えきれず、かえってつらさが増してしまうこともあります。

トラウマに取り組むカウンセリングには、いくつかの大切な条件があります。
こうした条件が整ったとき、トラウマは少しずつ「過去のもの」として心の中で整理されていきます。もちろん時間は人それぞれで、数か月で楽になる人もいれば、何十年かけてゆっくり取り組む人もいます。
トラウマを抱える人は「なぜそんな昔のことをまだ気にしているの?」と周囲から理解されにくいこともあります。しかし、本人にとっては「昔のこと」ではなく「今も続いていること」なのです。
だからこそ、周りの人ができることは、急かしたり無理に励ましたりすることではなく、「その人が安心できる環境を整えること」です。理解しようとする姿勢、寄り添う気持ちが、トラウマを乗り越えるための大切な支えになります。

トラウマとは、過去のつらい記憶が強く心に残り、繰り返し思い出されてしまうことです。それによって不安や不眠、気分の落ち込みなどが引き起こされ、日常生活に大きな影響を及ぼします。特に成長途中に受けた心の傷は、その後の人格や生き方に深く関わってきます。
トラウマを癒やすには、安心できる環境で少しずつ向き合うことが欠かせません。支えてくれる人との信頼関係、無理のないペース、そして「ここなら大丈夫」と思える安心感があって初めて、心の奥にしまい込まれた記憶を整理していくことができるのです。
トラウマは一人で抱えるにはあまりにも大きな荷物です。だからこそ、信頼できる人とのつながりを持ち、安心できる場所を見つけて、少しずつ解きほぐしていくことが大切だといえるでしょう。