精神科に通院している方の中には、「毎回同じ薬が処方されるけれど、本当にこれでいいのだろうか?」と疑問を持つ方が少なくありません。診察を受けているのに薬がほとんど変わらないと、「自分はちゃんと診てもらえているのだろうか」と不安になることもあるでしょう。
実は、精神科の薬が同じ処方になりやすいのには、いくつかの明確な理由があります。本記事では、その背景を「薬の変更は一度に一つずつ」「客観的指標が少ない精神科医療」「入院と外来の違い」「自律神経の安定」という観点から整理し、なぜ薬が頻繁に変更されにくいのかを解説します。

精神科医の間では、同じ処方を繰り返すことを「DO処方」と呼ぶことがあります。英語の “do” が「前に出てきた動詞の代わりをする」ことから転じて、前回と同じ薬を継続するという意味で使われます。
一見すると変化がないように感じられる「DO処方」ですが、これは「現状を安定させる」ための重要な選択です。精神科の治療においては、症状や生活の変化を慎重に観察する必要があり、むやみに薬を変えることはかえって混乱を招くことがあるのです。

精神科で薬を変更する際の大原則のひとつに、「何かを変えるときは一度に一つずつ」というルールがあります。
たとえば、うつ病で休職中の方が復職する場面を考えてみましょう。復職は生活環境が大きく変わる出来事です。このタイミングで薬の量を増減させると、復職がうまくいかなかった場合に「環境の変化が原因なのか」「薬の調整が原因なのか」がわからなくなってしまいます。
精神科の病気は、がんの腫瘍マーカーや血液検査の数値のように、客観的な指標で改善や悪化を測ることができません。患者本人の様子や訴えをもとに医師が判断するしかないため、環境の変化と薬の変更を同時に行うと、原因の切り分けが困難になります。だからこそ、環境を変えるときは薬をいじらず、薬を調整するときは環境を安定させた状態で行うのです。

精神科の診療は、他の科と比べて「検査で数値を追えない」ことが大きな特徴です。心理検査は存在しますが、多くは患者自身の自己申告によるもので、完全に客観的とは言えません。
医師が頼りにできるのは、患者の語りや表情、生活の中での変化といった要素です。たとえば、うつ病の患者がカウンセリングを受けたり、生活習慣を整える努力をしている最中に薬を変更してしまうと、改善がどの要素によるものか判断できなくなります。そのため、薬物療法は「他の要素が安定しているとき」にのみ調整されることが多いのです。

薬の変更が比較的大胆に行われやすいのは、入院治療の場面です。入院中は24時間体制で看護師が患者の状態を観察し、記録しているため、客観的なデータが豊富に蓄積されます。
たとえば、患者本人が「眠れていない」と訴えていても、看護師の記録には「夜間はぐっすり眠っていた」と書かれていることがあります。こうした記録は薬物療法の判断材料となり、外来よりも短期間での薬の調整が可能になります。
一方、外来診療では週1回程度の診察と自己申告が中心です。そのため薬の効果や副作用を丁寧に見極めるには時間がかかり、原則として一度に大きく処方を変えることは避けられます。
もう一つ大切な視点は「自律神経の安定」です。人は規則正しい生活を送ることで心身が安定しやすくなります。
薬も同様で、毎日同じ薬を同じ時間に服用することで自律神経が整いやすくなります。逆に、薬を日替わりで変更したり、飲んだり飲まなかったりすると、自律神経が不安定になり、だるさや動悸、息苦しさといった不調を引き起こすことがあります。
特に抗うつ薬や抗不安薬、睡眠薬は離脱症状が強いため、安定的に飲み続けることが大切です。ベンゾジアゼピン系の薬を「飲んだり飲まなかったり」すると、毎回小さな離脱症状を経験してしまうことになり、かえって体調を乱します。このため、精神科の薬は頓服で使うもの以外は「安定的に毎日同じ処方」で続けるのが基本となります。
「薬がずっと同じ」ということは、裏を返せば「その薬で安定している」という意味でもあります。症状が大きくぶれず、生活が成り立っている状態は、精神科治療において一つの成果であり財産です。
もちろん、病状が変化しているのに薬を一切見直さないのは問題ですが、環境や生活習慣が落ち着いているなかで、同じ薬で安定しているのはむしろ望ましいことです。
精神科の薬が同じ処方になりがちな理由を整理すると、以下の通りです。
こうした背景から、精神科の薬は「頻繁に変えるのではなく、安定して同じ処方を続ける」傾向があるのです。
もし処方について疑問や不安を感じることがあれば、独断で薬をやめたりせず、主治医に率直に相談することが大切です。安定した処方の意味を理解することで、治療への安心感も高まるのではないでしょうか。