現代社会において、精神科疾患を抱える人々は依然として偏見や差別に苦しんでいます。統合失調症やうつ病はその代表的な例であり、それぞれに特有の誤解が社会の中に根強く残っています。
統合失調症の人々には「幻覚や妄想に支配され、何をするかわからないから怖い」といった恐怖心に基づく差別が向けられ、うつ病の人々には「怠けているだけだ」「サボっているのではないか」といった軽視のまなざしが注がれます。
こうした差別は、当事者の苦しみを一層深め、社会参加を妨げる大きな要因となっています。本稿では、統合失調症とうつ病を例にとり、それぞれにまつわる誤解と、その克服のために私たちが何をすべきかを考えていきます。

統合失調症は「恐ろしい病気」という印象を持たれがちです。確かに、症状の一部として「昏迷」や「亜昏迷」と呼ばれる状態が見られることがあります。これらは意識が保たれているにもかかわらず思考が混乱し、視線が定まらず、焦点が合わないように見える状態です。向き合った相手が自分に焦点を合わせていないと、人は本能的に不安を覚え、「次にどんな行動を取るのかわからない」という恐怖感を持ちやすくなります。そのため、統合失調症の人が昏迷状態にあるときに「怖い」と感じるのは、ある意味で自然な反応だといえるでしょう。
しかし、こうした状態にある人はごく一部に限られます。実際には、統合失調症の当事者の大多数、約99%は落ち着いて会話ができ、日常生活を送ることが可能です。薬物療法や適切な支援を受けている人々は、外見上ほとんど病気を感じさせないことも多く、「恐ろしい存在」とみなすのは明らかに不当です。むしろ、人格や性格に基づく行動の方が、その人を「怖い」と感じさせる要因になることの方が多いでしょう。
したがって、統合失調症を理由にすべての当事者を「怖い」と決めつけることは、差別以外の何物でもありません。恐怖心そのものを否定する必要はありませんが、それが例外的な症状に限られることを正しく理解し、多くの人は安心して関わることができる存在であると知ることが大切です。

次に、うつ病に対する偏見について考えてみます。うつ病と聞くと「何もできなくなる」と思われがちですが、実際には全く動けなくなる人は少数であり、多くの人は「できること」と「できないこと」が混在しています。例えば、趣味や自分の関心に沿った活動はある程度こなせる一方で、負担の大きい仕事や気が進まないことには強い困難を感じる場合があります。
こうした状態は病気による症状であり、「やろうと思えばできるのに怠けている」と解釈するのは誤りです。しかし現実には、周囲から「サボっているのではないか」と疑われることが少なくありません。この誤解が当事者に二重の苦痛を与え、回復の妨げになるのです。
では、どうすればこの偏見をなくせるのでしょうか。ひとつは、正しい理解を広めることです。うつ病は意思の問題ではなく、脳や心の機能の不調によって「やりたくてもできない」状態を引き起こす病気であるという認識を社会全体で共有する必要があります。
もうひとつは、「ノブレス・オブリージュ」の精神を広めることです。これは、力や地位、知識や資産を持つ者は、それを恵まれていない人々のために用いる責任があるという考え方です。元気で働ける人、健康に恵まれた人は、そうでない人を責めるのではなく、支えることでこそ自らの強みを生かすことができます。この考えが社会に根付けば、「怠けている」と他者を責めるのではなく、「支えることが自分の役割だ」と受け止められるようになり、うつ病に対する差別意識も次第に薄れていくでしょう。

精神科疾患に対する差別をなくすためには、当事者の声を広めるだけでなく、病気に縁のない人々にも関心を持ってもらうことが不可欠です。残念ながら、精神疾患に直接関わりのない人は、啓発記事や講演に触れる機会が少なく、自分事として捉えにくいのが現実です。だからこそ、教育やメディアを通じて「誰にでも起こりうる身近な問題」であることを強調し、共感を促す取り組みが求められます。
統合失調症においては「昏迷・亜昏迷」という一部の状態が「怖い」と感じさせるだけであり、多くの人は普通に生活していること。うつ病においては「怠け」ではなく症状によって行動が制限されること。こうした事実を冷静に伝え、差別的なレッテル貼りを避けることが第一歩です。その上で、「元気な人が元気でない人を支えるのは当然の責任であり、むしろ喜びである」という価値観を共有できれば、精神疾患に対する社会の見方は大きく変わっていくはずです。

精神科疾患に伴う差別は、一朝一夕に解消できるものではありません。しかし、統合失調症やうつ病の実際を正しく理解し、誤解を減らしていくことは確実に差別の軽減につながります。そして何より、恵まれている人が恵まれていない人を支える「ノブレス・オブリージュ」の精神を広めることが、社会全体をより寛容で温かなものにしていくのです。
精神疾患を抱える人々も、そうでない人々も、同じ社会で共に生きています。差別や偏見を超えて互いに理解し支え合うことこそが、私たちが目指すべき未来の姿ではないでしょうか。