「うつ」という言葉は、今では多くの人が耳にするようになりました。けれども、その実態はまだまだ誤解されがちです。特に「怠けているだけではないのか」「サボっているように見える」といった誤解は、当事者をさらに苦しめる大きな要因になっています。本記事では、うつの状態を「エネルギー」という身近なイメージを用いて説明しながら、周囲がどのように理解していけばよいのかを考えていきます。

うつの代表的な症状には、大きく分けて二つの柱があります。ひとつは「気分の落ち込み」、もうひとつは「やる気が出ない」という状態です。
気分の落ち込みとは、何をしても楽しく感じられなかったり、心が重く沈んでしまったりすることを指します。そしてもう一つの「やる気が出ない」という状態は、頭では「やらなければ」と思っても体がついていかず、行動に移せない状況をいいます。ベッドから起き上がれない、家の外に出られないといった形で現れることもあります。
こうした状態を理解するために、よく「エネルギー」という言葉で説明されることがあります。たとえば元気な人のエネルギー量を100としたとき、普段は70〜80くらいを日常生活に使っているとします。人と会うときには少し頑張って、より多くのエネルギーを使っているものです。私たちが普段接している人々は、そうやって「元気な部分」を出し合って過ごしています。
しかし、うつの人はそのエネルギーの総量がそもそも少なく、40や50しかないことが珍しくありません。軽いうつの人ですら半分ほどしかエネルギーがないのです。そのため、どうしても周囲と同じようには動けず、外から見ると「サボっている」ように映ってしまうのです。

具体的な場面を考えてみましょう。
うつの人が復職したばかりだとします。エネルギーの総量が40や50しかないため、仕事をしているうちにその少ないエネルギーを使い切ってしまいます。午前中は元気そうに見えても、午後にはぼんやりしてしまい「やる気がない」と思われてしまう。職場の人から「サボっている」と見られてしまうのは、こうした仕組みがあるのです。
また家庭では、さらに違う誤解が生じます。限られたエネルギーを仕事で使い果たしてしまうと、家に帰ってからは何もできず横になってしまうことがあります。そんな姿を見た家族は「仕事に行けているんだから元気になったはずだ」「家でもっと動けるだろう」と思ってしまう。本人にとっては精一杯なのに、怠けているように見えてしまうのです。
さらに誤解を招きやすいのが、休職中の余暇の過ごし方です。
うつで休んでいるとき、エネルギーは10や20程度しかありません。そうなると、日常の「やらなければならないこと」はなかなか手につきません。しかし、そのまま家に閉じこもっていると気持ちがますます沈んでしまい、回復が進みにくいのも事実です。そこで大切なのが「少しでも好きなことをしてみる」ことです。たとえばゲームをする、散歩に出る、テニスをする、旅行に行く。そうした活動は、うつの回復にとって重要な役割を持っています。
ところが周囲から見ると、ここで誤解が生まれます。「仕事を休んでいるのに、テニスなんかできるの?」「旅行に行けるなら働けるはずだ」と思われてしまうのです。これは「余暇は一生懸命頑張った人へのご褒美」という価値観が強く根付いているためです。日本社会では特にその傾向が強く、「義務を果たしていないのに楽しむなんてけしからん」と見られがちなのです。
しかし、うつの人が楽しみに取り組んでいることは「ご褒美」ではありません。そもそも持っているエネルギーが少ないため、やらなければならないことはできない。それでも、好きなことを少しでもやることで気持ちの回復を促しているのです。外から見れば「遊んでいる」ように見える活動が、実際には「治療の一部」になっていることを理解していただきたいのです。

エネルギーの総量は、時間とともに少しずつ戻ってきます。元気な人の70〜80に対して、うつの人も60くらいまで回復してくると「仕事を再開してみようか」と考えられる段階になります。もちろん、これは一気に元通りになるわけではなく、日常生活の中で少しずつ回復していくものです。
その過程では、「楽しいこと」や「得意なこと」に取り組むことがとても役に立ちます。ゲームやスポーツ、旅行など、一見ご褒美のように見えるものでも、うつの人にとっては大切な「リハビリ」なのです。楽しみを通して少しずつエネルギーを取り戻すことが、最終的に社会生活や仕事に戻るための大切なステップになります。

うつの人が「サボっている」と言われるのは、とてもつらいことです。本人自身も「なぜ自分はできないのだろう」「怠けているだけではないか」と自分を責めてしまうことが多いからです。
しかし実際には、「やるべきことができない」からこそ「できることをしている」だけです。その「できること」が、外からはご褒美や余暇に見えるだけなのです。だからこそ、本人にも周囲にも理解してほしいのです。楽しみに見えることをしていても、それは決して怠けではなく、回復のために必要な行動だということを。
社会には「頑張ったご褒美として余暇がある」という考えが強く残っています。そのため「やるべきことをしていないのに楽しんでいる」という姿は批判の対象になりやすいのです。しかし、うつの回復過程ではその考え方を少し変える必要があります。
本人も「本当は働きたい」「役に立ちたい」と強く思っています。けれども、体も心も動かず、まずは楽しみに見える活動から少しずつ回復していくしかないのです。そのことを理解してもらえるだけで、本人は大きく救われます。
うつの人がサボっているように見えるのは、その人のエネルギーの量が少ないからです。仕事や家庭生活を支える力がなくても、少しの楽しみを通して回復を目指しています。その姿を「ご褒美だけ楽しんでいる」と誤解するのではなく、「それが今できる精一杯の行動なんだ」と受け止めていただきたいのです。
周囲の理解と支えがあってこそ、うつの人は少しずつ元の生活に戻る力を取り戻していきます。「サボっているのではなく、回復のために必要なことをしているのだ」という視点を持つことが、私たちにできる最も大切な支援なのです。