過食嘔吐について

過食嘔吐について

過食嘔吐について考える ― 症状の背景と回復の道筋

今日は「過食嘔吐」というテーマについて考えていきたいと思います。

一見すると「過食嘔吐」という病気が存在するように聞こえるかもしれません。しかし、実際には「過食嘔吐」という独立した病名はありません。あくまでも、精神疾患に付随して現れる「症状のひとつ」として位置づけられています。ここでは、過食嘔吐がどのようにして生まれ、どのように理解し治療していくべきかを整理しながらお伝えしていきます。

過食嘔吐は「症状」にすぎない

過食嘔吐は「症状」にすぎない

過食嘔吐とは「大量に食べて吐く」という行動を指しますが、それ自体が病気ではありません。背景には必ず「原疾患(もともとの病気)」が存在します。

例えば、統合失調症を抱える方が幻覚や妄想といった強いストレスを解消するために過食嘔吐を行う場合があります。また、うつ病の方が気分の落ち込みや意欲の低下に苦しむ中で、一時的な気晴らしや感情の解放の手段として過食嘔吐を繰り返すこともあります。

つまり、過食嘔吐だけを狙って改善するのは非常に難しく、根本にある疾患を治療していくことが最も大切なのです。原疾患の改善に伴い、気がつけば過食嘔吐の症状も和らいでいく──それが実際の臨床でよく見られる経過です。

豊かさの影で生まれた症状

過食嘔吐には、時代背景や社会的要素も深く関わっています。戦後の日本は物資不足で、食べ物を手に入れること自体が難しい時代でした。そのため、当時は過食嘔吐という症状はほとんど見られなかったとされています。

しかし高度経済成長を経て社会が豊かになり、食べ物が簡単に手に入るようになると状況は一変しました。肥満の増加や「痩せていることが美しい」という価値観の広まりとともに、「食べたいけれど太りたくない」という葛藤が多くの人々を苦しめるようになったのです。その結果として「食べて吐く」という行為が、無意識のうちに自己調整の手段として広まっていったと考えられています。

過食と嘔吐の心理的意味

過食と嘔吐の心理的意味

では、人はなぜ過食するのでしょうか。

過食をしている間は、一時的に嫌なことを忘れられます。これはリストカット(自傷行為)と似ています。リストカットもまた、「切っている間だけ死にたい気持ちや苦しさを忘れられる」「痛みによって生きている実感を得られる」「自己否定的な気持ちを罰として表現できる」といった心理的意味を持っています。

過食にも同じような側面があります。食べることで辛い感情から目をそらし、吐くことで「悪いものをリセットする」という感覚を得ているのです。したがって過食嘔吐は、単なる「食行動の乱れ」ではなく、心の痛みをやり過ごすための自己防衛手段として機能していると理解する必要があります。

注意すべき合併症 ― 酸蝕歯

注意すべき合併症 ― 酸蝕歯

過食嘔吐において、医学的に非常に注意しなければならない合併症が「酸蝕歯(さんしょくし)」です。

嘔吐によって胃酸が繰り返し口の中に逆流すると、強い酸性によって歯のエナメル質が溶けてしまいます。これを修復するのは極めて難しく、一度損傷が進むと見た目が変色するだけでなく、治療には高額な費用がかかります。プラスチックの強化材(レジン)を用いた被せ物や、歯科医による高度な技術が必要になり、100万円単位の費用がかかることも珍しくありません。

そのため、もし過食嘔吐を繰り返してしまう場合には、少しでも歯を守る工夫が大切です。具体的には、吐いた直後に水でうがいすること、特に牛乳でうがいをすると歯の表面を一時的にコーティングし、酸によるダメージを軽減できます。これは完全な予防ではありませんが、症状がすぐには改善できない方にとって重要なセルフケアとなります。

モデルケース ― 40代女性の例

ここで、実際に過食嘔吐が改善したケースを一つ紹介します。

ある40代の女性は「過食嘔吐をやめたい」と強く訴えて精神科を受診しました。しかし診察を進めるうちに、慢性的な虚無感や不安定な人間関係、そして「見捨てられ不安」と呼ばれる強い対人不安が明らかになりました。また、物事を白か黒かで極端に捉える思考傾向も目立ちました。最終的に診断は「境界性パーソナリティ障害」であり、その症状の一つとして過食嘔吐が現れていたのです。

治療の焦点は、あえて過食嘔吐そのものに当てず、まずはパーソナリティ障害の治療から始めました。感情の衝動性を抑えるために薬を補助的に使用しつつ、毎週の面接で「その週にあった出来事」を振り返り、少しずつ気持ちを言葉にしてもらうことを続けました。

1年、2年と時間をかけるうちに、誰にも話せなかったギャンブル依存や借金、不安定な異性関係といった秘密も少しずつ打ち明けられるようになっていきました。そして2年ほど経過した時点で、本人から「そういえば、この半年は食べ吐きをしていません」と自然に語られるようになったのです。

このケースから分かるのは、過食嘔吐だけを狙って治そうとするのではなく、根本にある心の問題に向き合うことが重要であるという点です。安心して自分の内面を語れる場所を提供し、支え続ける中で、結果的に過食嘔吐の症状が消えていった──まさに治療の本質を示す典型例と言えるでしょう。

まとめ ― 過食嘔吐を理解するために

まとめ ― 過食嘔吐を理解するために

過食嘔吐は、それ自体が独立した病気ではなく「心の病気に付随する症状」です。その背景には、社会の豊かさと価値観の変化、個人の心理的防衛、そして原疾患の存在が複雑に絡み合っています。

症状だけを止めようとするのではなく、根本的な疾患や心の問題を理解し、治療していくことが不可欠です。そして治療は時間のかかるプロセスであり、本人が安心して心を開ける場を持つことが、回復への大きな一歩となります。

もし現在過食嘔吐に悩んでいる方がいらっしゃるなら、まずは「これは一人で背負うものではない」ということを知ってほしいと思います。そして、歯の健康を守るためのセルフケアを忘れずに取り入れつつ、焦らず時間をかけて原疾患や心の課題に向き合っていただければと思います

過食嘔吐は苦しい症状ですが、その奥には必ず回復の糸口があります。症状そのものを責めるのではなく、「心からの治癒のプロセス」の一部として理解することが、支援する側にも、悩む本人にも大切な姿勢なのではないでしょうか。