うつ病は「心の風邪」とも呼ばれるほど多くの人が経験する可能性のある病気です。その治療の中心に位置するのが抗うつ薬であり、現代ではさまざまな種類の薬が臨床で用いられています。抗うつ薬は単なる気分改善の薬ではなく、脳の神経伝達物質の働きを整え、エネルギーの枯渇した状態を立て直す役割を果たします。本稿では、現在使われている抗うつ薬の種類と特徴、その違いについて丁寧に解説していきます。

うつ病を「車」に例えるとわかりやすいでしょう。人の精神的エネルギーをガソリンに見立てた場合、うつ病には大きく二つのタイプがあります。ひとつはガソリンタンクそのものが小さくなり、十分なエネルギーを蓄えられなくなるタイプ。もうひとつはタンクは正常でも燃費が極端に悪く、エネルギーがすぐ消耗してしまうタイプです。このうち、前者、すなわちタンク自体が縮小したタイプに有効なのが抗うつ薬です。薬の作用でタンクの容量を元に戻し、エネルギーを蓄えやすくするというのが基本的な役割になります。
その背景にある代表的な理論が「セロトニン仮説」です。セロトニンは脳内の神経伝達物質で、気分や睡眠、食欲の調整に深く関わっています。抗うつ薬はこのセロトニンを増やし、神経活動を整えることを目指します。近年ではセロトニンだけでなく、ノルアドレナリンやドーパミンなど複数の物質に作用する薬も登場し、選択肢が広がっています。

最も古くから使われてきた抗うつ薬です。セロトニンやノルアドレナリンを強力に増やす作用があり、効果は確かです。代表的な薬には アミトリプチリン(トリプタノール) などがあります。ただし抗コリン作用による副作用(口の渇き、便秘、排尿困難、動悸など)が強く、日常生活に支障をきたすことも多いため、現在では第一選択として用いられることは少なくなっています。短期間で強い効果を期待する場合や他の薬が効かない場合に選ばれることがあります。
現在もっとも広く使われている抗うつ薬です。セロトニンのみを選択的に増やすため、副作用が比較的少なく、長期服用しやすいのが特徴です。
代表薬には次のものがあります。
SSRIは副作用として吐き気や下痢、性機能障害などがあるものの、三環系に比べると安全性が高く、第一選択薬として広く用いられています。
SSRIの作用に加え、意欲や覚醒に関わるノルアドレナリンを増やす効果もある薬です。代表的な薬は デュロキセチン(サインバルタ) で、倦怠感や意欲低下が目立つタイプのうつに適しています。また、神経障害性疼痛や線維筋痛症などにも適応があり、痛みを伴ううつ病に特に効果的です。副作用としては吐き気、血圧上昇、動悸などが挙げられますが、日中に服用することで眠気を抑えられるというメリットもあります。
新しいタイプの抗うつ薬で、代表薬は ミルタザピン(リフレックス、レメロン) です。セロトニンやノルアドレナリンの放出を促進しつつ、強い眠気を引き起こす作用があります。そのため、不眠を伴ううつ病の患者に適しており、服用した翌日から「眠れるようになった」と実感しやすいのが特徴です。一方で体重増加や過度の眠気が出やすい点には注意が必要です。
最新の薬として注目されているのが ボルチオキセチン(トリンテリックス) です。セロトニンだけでなくノルアドレナリン、ドーパミン、ヒスタミンなど複数の神経伝達物質に作用することで、総合的な効果を発揮します。副作用が少なく飲み続けやすい一方、効果の実感が出るまでに時間がかかる場合があります。薬に敏感で副作用を強く感じやすい人に適しており、忍容性の高さが大きな利点です。

臨床の場では「どの薬が一番効くか」よりも「どの薬が続けやすいか」が重視されます。研究においても効果の大きさ自体に大きな差はなく、副作用の種類や強さによって薬が使い分けられるのが実際です。
さらに、うつ病のタイプも重要です。突然強い症状が現れ、環境要因に関係なく持続する「内因性うつ」には抗うつ薬が有効ですが、思考習慣や環境ストレスが原因で「燃費が悪くなっているタイプ」には、心理療法など薬以外の治療の方が効果的な場合もあります。
現在使われている抗うつ薬は大きく分けて、
といったラインナップがあります。いずれの薬も「万能」ではなく、効果と副作用のバランスを見極めながら、患者さんごとに最適な薬が選ばれます。うつ病治療においては「タンクを広げる抗うつ薬」と「燃費を改善する心理療法」の両輪が大切であり、その組み合わせによって初めて安定した回復が得られるのです。