手術は、病気やけがを治すための大切な治療法です。しかし、どれほど丁寧に行われたとしても、「術後感染(じゅつごかんせん)」という合併症が起こることがあります。術後感染とは、手術を受けた部分に細菌が入り込み、化膿や炎症を起こすことを指します。感染が起こると回復が遅れるだけでなく、再手術が必要になることもあり、患者さんにとっても医療現場にとっても大きな問題となっています。
本稿では、術後感染がなぜ起こるのか、その仕組みや現状、そして予防のための工夫について丁寧に解説していきます。
手術の際、医師や看護師は皮膚をしっかりと消毒します。清潔な手術室で、滅菌された器具を使い、細心の注意を払って進められます。それでも術後感染が完全に防げないのはなぜでしょうか。
実は、私たちの皮膚には「常在菌」と呼ばれる細菌が住み着いています。これらは普段は無害ですが、毛根の奥に潜んでいると消毒液では完全に取り除くことができません。
手術後、毛穴を通じて細菌が皮膚の表面に出てきて、さらにそこから傷口の奥に入り込むことがあります。このため、どれほど入念に皮膚を消毒しても、術後感染のリスクをゼロにすることはできないのです。

医学的な調査によると、
という割合で術後感染が起こることが報告されています。数値だけを見ると小さいように思えるかもしれませんが、手術を受ける患者さんの数は非常に多いため、実際には相当数の感染症例が存在します。
特に、金属を体内に留置する手術(人工関節や脊椎固定術など)では、感染がより深刻になります。金属は体にとって異物であるため、ひとたび細菌が付着すると免疫の力で排除することが難しく、感染が長引きやすいのです。
術後感染が起こると、治療は容易ではありません。軽度であれば抗生物質の投与で治ることもありますが、金属を使った手術で感染が生じると、次のような大掛かりな対応が必要になることがあります。
こうした再手術は患者さんの体への負担が大きく、入院期間が延びたり、社会復帰が遅れたりする原因にもなります。感染を起こさないことが最も重要ですが、起きてしまった場合には適切な対応が不可欠です。

術後感染を防ぐために、多くの手術では抗生物質の予防投与が行われます。手術の直前や直後に抗生物質を使うことで、細菌が増えるのを抑えるのです。
ただし、感染を恐れるあまりに複数種類の抗生物質を長期間使いすぎることがあります。一見安心に思えるかもしれませんが、これは逆効果になることがあります。細菌の中には薬に強い「耐性菌(たいせいきん)」が存在し、抗生物質を乱用するとこれらの菌が生き残り、増えてしまうのです。
調査によると、
から耐性菌が見つかっています。耐性菌による感染は薬が効きにくく、治療がさらに難しくなります。つまり「予防のための薬」が、かえって治療を難しくしてしまうことがあるのです。
耐性菌の増加は世界的な課題です。そのため近年では、「強い抗生物質をむやみに使わない」ことが国際的なルールになってきています。
これが基本的な考え方です。感染を完全にゼロにすることはできませんが、薬を正しく使うことで耐性菌の出現を防ぎ、将来にわたって有効な治療手段を守ることができます。
医療者側の工夫はもちろんですが、患者さん自身ができることもあります。
これらは一見小さなことですが、感染を防ぐために大切な要素です。

手術後の感染は、どれほど注意を払っても完全に防げるものではありません。皮膚に存在する常在菌や金属を使った手術の特性など、避けられない要因があるためです。
しかし、
によって、リスクを最小限に抑えることは可能です。
「感染は絶対に起きない」と考えるのではなく、「リスクはあるが、きちんと対策がある」と理解しておくことが大切です。医療者と患者が一緒に感染リスクを共有し、信頼関係を築きながら治療に臨むことこそ、術後感染を乗り越える第一歩となるでしょう。