数年前、医学界を大きく揺るがすニュースが報じられました。
進行した直腸がんの患者さんに対して、
新しい免疫療法薬「ドスタルリマブ」
を使用したところ、投与を受けた12人全員のがんが消失した――。
まるで奇跡のような臨床試験の結果が世界中で話題になったのです。
「がんが根治した」「手術せずに治った」といった
衝撃的な報道に、多くの人々が希望を抱いたことでしょう。
では、その後ドスタルリマブはどうなったのでしょうか?
直腸がん以外のがんにも有効なのでしょうか?
そして日本で使える薬になったのでしょうか?
今回は、その後の研究成果や最新の臨床試験の結果を、できるだけ
わかりやすく整理してお伝えします。

ドスタルリマブは「抗PD-1抗体薬」と呼ばれるタイプの免疫チェックポイント阻害薬です。
同じ系統の薬としては「オプジーボ(ニボルマブ)」や
「キイトルーダ(ペムブロリズマブ)」がすでに広く知られています。
私たちの体には、がん細胞を攻撃・排除する免疫システムがあります。
しかし、がん細胞は巧妙に「免疫のブレーキ」を利用して、自分に対する攻撃を回避しています。
PD-1という分子はその「ブレーキ役」のひとつ。
がん細胞はPD-1を利用して免疫細胞の働きを抑え込みます。
そこでドスタルリマブは、このブレーキを解除し、再び免疫細胞が
がん細胞を攻撃できるようにするのです。
2022年に医学誌 New England Journal of Medicine に報告された臨床試験では、
ミスマッチ修復機構に欠損(dMMR)を持つ進行直腸がんの
患者12人に、ドスタルリマブ単独療法を行いました。
その結果――12例すべてでがんが完全に消失(完全奏功) したと報告されたのです。
3か月の時点で腫瘍が確認できなくなり、6か月後も再発は見られませんでした。
この結果は非常にセンセーショナルで、「がん治療の歴史を変えるかもしれない」
と注目を浴びました。
ただし、症例数が少ないため「まだ過大評価は禁物」とする専門家の声も多く、
慎重に追加研究が続けられています。

2023年6月に再び New England Journal of Medicine に報告された第3相試験では、進行または再発した
子宮体がん患者およそ500人を対象に、ドスタルリマブ+抗がん剤 と プラセボ+抗がん剤 を比較しました。
この結果を受け、2023年末にはヨーロッパで「進行・再発子宮体がん(dMMR)」
に対して一次治療としてドスタルリマブ併用療法が承認されました。
同じく2023年11月、Nature Communications に報告された第2相試験では、非小細胞肺がん患者243人を対象に、ドスタルリマブ+抗がん剤 と ペムブロリズマブ+抗がん剤 を比較。
つまり、ペムブロリズマブと同等以上の効果が期待できる可能性が示されました。
さらに2023年11月、JAMA Network Open に掲載された第1相試験では、子宮体がん、大腸がん、胃がん、小腸がん、すい臓がんなど 327人のdMMR固形がん患者 を対象にドスタルリマブ単独療法を実施。
がん種によって効きやすさに差はあるものの、全体で4割以上に効果が確認されました。

ドスタルリマブは、グラクソ・スミスクライン社が開発し、商品名
「ジェムペルリ(Jemperli)」
としてすでにアメリカFDAや欧州委員会で承認されています。
一方、日本ではまだ承認されておらず、保険診療としては使用できません。
ただし、海外での承認実績や臨床試験の成果から、将来的に国内承認される
可能性は高いと考えられています。
「がんが消える薬」という表現は決して誇張ではありませんが、まだすべての
患者さんに当てはまるわけではなく、適応や条件が限られています。
とはいえ、ドスタルリマブは確実にがん治療の新しい扉を開きつつある薬剤です。
今後の研究の進展と、日本での承認に期待したいところです。