あのウイルスで眠っていた「がん細胞」が目覚める?インフルエンザ・コロナウイルス感染が肺への転移を促進する新たなメカニズム

あのウイルスで眠っていた「がん細胞」が目覚める?インフルエンザ・コロナウイルス感染が肺への転移を促進する新たなメカニズム

あのウイルスで眠っていたがんが目を覚ます?

あのウイルスで眠っていたがんが目を覚ます?

がんという病気は、治療を行って小さくなったり、おとなしくなったりすることがあります。医師の世界ではこれを「がんの休眠」と呼ぶことがあります。眠っているように静かにしている状態、と言えばイメージしやすいでしょう。ところが、しばらく落ち着いていたがんが、ある時を境に急に大きくなったり、体の別の場所に転移したりすることがあるのです。その背景には「休眠していたがんが目覚めるきっかけ」が存在すると考えられています。

これまで、がんが再び動き出す理由として大きく3つの可能性が語られてきました。
1つめは「がん自身が進化して力を取り戻すこと」。2つめは「体を守る力(免疫)が弱まること」。そして3つめは「がんが居心地よく暮らせる環境が周囲に整ってしまうこと」。こうした要因が重なると、眠っていたがんは再び成長を始めると言われています。

しかし最近、新たな研究によって、がんが目覚める“もうひとつの理由”が見つかりました。そのきっかけとなるのが、なんとインフルエンザや新型コロナウイルスといった「一般的なウイルス感染」だったのです。

動物実験で明らかになった「がんの目覚め」

2025年7月、世界的に権威ある科学誌『Nature』に掲載された研究があります。研究チームは、乳がんが肺に広がった状態のマウスを用意しました。このマウスはがんがあるにもかかわらず、しばらく進行せずおとなしいままの「休眠状態」にありました。

ところが、このマウスにインフルエンザウイルスを感染させたところ、思わぬ結果が出ました。肺に潜んでいたがん細胞が急激に増え、なんと100倍から1000倍にまで膨れ上がってしまったのです。眠っていたがんが、一気に目覚めて暴れ出した、そんなイメージです。

さらに、新型コロナウイルスでも同様の実験が行われました。その結果もやはりインフルエンザと同じように、がんが再び勢いを取り戻し、肺での広がりが加速していたのです。

鍵を握るのは「炎症」

では、なぜウイルス感染によってがんが増えてしまったのでしょうか。研究者たちが注目したのは「炎症」という体の反応です。

体はウイルスに感染すると、細胞の中で炎症反応を起こします。その際に分泌される物質のひとつが「インターロイキン6」というたんぱく質です。名前は難しいですが、要は「体の中で炎症を大きくする信号のようなもの」と考えてください。

このインターロイキン6が増えると、炎症が強まり、同時に眠っていたがん細胞に「動き出せ」というスイッチが入ってしまうことが分かりました。実際に、インターロイキン6を持たないマウスでは、インフルエンザにかかってもがんの増加が見られなかったといいます。つまり、炎症に伴うこの物質が、がんを目覚めさせる重要な役割を担っているということです。

人間でも同じことが起きている?

動物実験の結果をふまえ、研究者たちは「人間でも同じ現象が起きているのか」を調べました。そこで用いられたのが、イギリスの大規模な健康データベース「UKバイオバンク」です。これは国民の健康状態を長期間にわたって追跡したもので、病気の研究に役立てられています。

分析の対象となったのは、過去にがんと診断され、その後治療が一段落していた人々です。その中で、新型コロナにかかった人と、かからなかった人を比べたところ、驚くべき差が見つかりました。新型コロナに感染した人は、感染しなかった人に比べて、がんによる死亡リスクがおよそ2倍に増えていたのです。

さらに、乳がん患者のデータを詳しく見ると、新型コロナにかかった人は肺への転移リスクが50%近くも高くなっていました。つまり、動物実験で見られた現象が、実際の人間の体でも起きている可能性が強く示されたのです。

一方で、がんが小さくなるケースも?

ここで注意しなければならないのは、すべてのケースが同じ結果になるわけではないということです。過去には「新型コロナに感染したら、逆にがんが小さくなった」「消えてしまった」という報告も存在します。

これは、体の反応が複雑で、人によって大きく違うためです。ウイルス感染によって炎症が強まり、がんが勢いを増す人もいれば、逆に免疫が活性化してがんを抑え込む方向に働く人もいるのです。つまり、一概に「ウイルス感染=がんが悪化」とは言えないのですが、今回の大規模研究の結果を見る限り、注意すべき危険性があることは間違いありません。

私たちができること

では、がん経験者や治療中の方はどうすればよいのでしょうか。結論から言えば「できるだけ感染を防ぐこと」が大切です。インフルエンザや新型コロナは身近であり、完全に避けるのは難しいですが、マスクの着用、手洗い、ワクチン接種、人混みを避けるといった基本的な対策は、やはり意味があると考えられます。

また、がん治療が順調に進んでいたとしても、感染症がきっかけで再びがんが動き出す可能性があることを心に留めておくことが大事です。だからといって過度に恐れる必要はありませんが、「油断せずに生活する」という姿勢はこれまで以上に重要になってくるでしょう。

まとめ

まとめ

今回紹介した研究から分かるのは、がんが一度おとなしくなっても、インフルエンザや新型コロナのような一般的なウイルス感染をきっかけに再び目覚めてしまう可能性がある、ということです。その背景には、炎症を引き起こす体の反応が深く関わっていました。

もちろん、すべての人に当てはまるわけではなく、中には感染をきっかけにがんが小さくなるケースもあります。しかし、全体としては感染によってがんが悪化するリスクが高まるというデータが出ている以上、やはり日常的に感染症を防ぐ努力は欠かせません。

がんと向き合う生活は、ただ治療だけでなく、体を守る生活習慣とも深く結びついています。自分を大切にする行動のひとつとして、感染予防を意識することが、これからますます重要になるのではないでしょうか。