新型コロナウイルスの流行から数年が経ち、多くの人がワクチン接種を経験しました。ワクチンに関しては多くの意見や情報が飛び交っています。その中で「ワクチンを打つと自然免疫が弱くなり、病気にかかりやすくなるのではないか」という不安を耳にしたことがある方もいるかもしれません。
ここでいう自然免疫とは、体がもともと持っている「自分を守る仕組み」のことです。外から侵入してくるウイルスや細菌、そして体の中で異常に増えてしまう細胞(たとえばがん細胞)を、最初に見つけて排除してくれる働きがあります。この自然免疫の力がもしも本当に低下してしまうと、病気にかかりやすくなったり、体の中で異常が広がりやすくなったりすることにつながります。ですから、このテーマはとても重要です。
一部の研究者や専門家の中には、「ワクチンが自然免疫を弱めるのではないか」という仮説を唱えた人もいました。特に、自然免疫の中で大切な役割を果たしている「ナチュラルキラー細胞」(NK細胞)が注目されました。NK細胞は、体の中で怪しい細胞を見つけると、すぐに攻撃を仕掛けて排除しようとします。いわば、体の中の警備員のような存在です。もしこのNK細胞の働きが鈍ってしまうと、体を守る力が大きく落ちてしまうのではないか、という心配があったわけです。
では実際に、ワクチンによってNK細胞の力が弱まることはあるのでしょうか。ここからは、実際に行われた研究を紹介しながら考えていきたいと思います。

2022年に「Molecular Medicine」という専門誌に、スウェーデンのカロリンスカ大学から報告された研究があります。これは2021年に行われた新型コロナワクチンの臨床試験のデータを使ったもので、ワクチン接種が自然免疫にどんな影響を与えるのかを調べたものです。
対象となったのは、健康な大人41人と、免疫の働きが弱くなっている98人の患者さんです。後者には、生まれつき免疫に弱さを持つ人、HIVに感染している人、そして臓器移植を受けて免疫を抑える薬を飲んでいる人が含まれていました。つまり、健康な人と、免疫が弱い人の両方を対象にした調査だったのです。
使われたワクチンはファイザー社のmRNAワクチンで、3週間の間隔をあけて2回接種しました。その後、接種から10日目、21日目、そして35日目に血液を採取して、NK細胞の数や働きを詳しく調べました。

まず注目されたのは、NK細胞の数が減るのかどうかという点です。もし数が大きく減ってしまえば、それだけで体の守りが弱くなります。
しかし結果は、接種から1か月ほどの間、NK細胞の数にはほとんど変化が見られませんでした。健康な人でも、免疫が弱い人でも同じで、「増えたわけでも減ったわけでもない」という結果だったのです。
次に大事なのは、数だけではなく「働き」です。NK細胞がきちんと働いてこそ、体を守ることができます。
研究では、NK細胞を人工的に刺激して、その反応を調べました。刺激を受けたNK細胞は、体を守るための「信号物質」を出したり、攻撃に使うタンパク質を分泌したりします。もし働きが弱っているなら、この反応が鈍くなるはずです。
しかし調査の結果、ワクチン接種から10日目、21日目、35日目のいずれの時点でも、NK細胞の反応に変化は見られませんでした。つまり、NK細胞の働きはワクチンによって弱まっていなかった、ということです。
この研究から言えるのは、「ワクチン接種によって自然免疫が急に低下することはない」ということです。少なくとも接種後1か月の間は、NK細胞の数も働きも変わっていませんでした。
もちろん、この研究がすべてを語っているわけではありません。対象となった人数は限られていますし、観察期間も1か月程度です。しかし、少なくとも短期間で急激に免疫が弱るという心配は、このデータを見る限りでは裏付けられていないといえます。
海外の医学論文を探してみても、「ワクチンで自然免疫が弱くなる」という明確なデータは見当たりませんでした。ワクチンによる副作用や体への影響については多くの研究が行われていますが、その中で「自然免疫が低下する」という結論に至ったものは、少なくとも現在のところ確認されていません。

ではなぜ「ワクチンで自然免疫が下がる」という説が広まってしまうのでしょうか。理由のひとつは、科学的に確認されていない「仮説」が一人歩きしてしまうことです。免疫という複雑な仕組みは一般には理解が難しく、「免疫が落ちるかもしれない」という言葉だけが独り歩きしてしまうことがあります。
さらに、人の体には個人差があるため、ワクチンを打った後に体調を崩す人もいます。そうした経験が「免疫が下がったのでは」という印象につながりやすいのかもしれません。
今回紹介した研究の結果から言えることを整理すると、
ということです。
もちろん、長期的な影響については今後も研究が必要ですし、個人によって感じ方や副反応の出方は違います。しかし現時点では「ワクチンで自然免疫が急に下がる」という根拠は見つかっていません。
ワクチンについては不安や疑問を持つこと自体は自然なことです。大切なのは、信頼できる研究やデータをもとに考えることです。今回の話が、少しでも冷静に判断する材料になれば幸いです。