首や腰の痛み、手足のしびれに悩んで病院を受診すると、リハビリの一環として「けん引療法(牽引療法)」を勧められることがあります。牽引とは、専用の機械や装置を使って首や腰を軽く引っ張ることで、神経の圧迫を一時的にやわらげる治療法です。
ただし、牽引が有効に働く病気と、そうでない場合があります。この記事では、牽引の仕組み、効果が期待できる病気、注意点などを丁寧に解説します。

牽引療法を理解するためには、まず首と腰の骨の構造を知る必要があります。人間の背骨(脊椎)は、頭の付け根から骨盤にかけて連なる約30個の椎骨からできており、そのうち首の部分が「頸椎(けいつい)」、腰の部分が「腰椎(ようつい)」と呼ばれます。
頸椎は7個、腰椎は5個の骨で構成され、それぞれの骨の間には「椎間板(ついかんばん)」と呼ばれるクッションが存在します。椎間板はゼリー状の髄核(ずいかく)と、それを取り囲む線維輪(せんいりん)からできており、衝撃を吸収すると同時に背骨の動きを滑らかにする役割を担っています。
さらに、椎骨と椎骨の間からは椎間孔(ついかんこう)という小さな穴があり、ここを神経の根が通過して腕や足へと枝分かれしていきます。椎間孔は前方では椎間板、上下では椎骨によって囲まれており、椎間板の突出や骨の変形が起こると簡単に狭くなってしまいます。
椎間孔が狭まると、中を通る神経が圧迫され、手足のしびれや痛み、さらには筋力低下などを引き起こします。特に頸椎は頭を支え、腰椎は上半身を支えるため、どちらも常に大きな負荷がかかりやすい構造です。加齢や姿勢の悪化によって障害が起きやすい理由もここにあります。
椎間孔が狭くなり神経が圧迫される代表的な病気には、次のようなものがあります。
これらの病気では、神経が圧迫されることにより、首から腕にかけてのしびれや痛み、あるいは腰から足にかけてのしびれや痛みが生じます。
牽引療法は、専用の装置を用いて首や腰を一定方向に軽く引っ張る治療法です。その仕組みは大きく2つの作用に分けられます。
この二重の作用によって、最終的に神経への圧迫が軽減され、症状の改善が期待できるのです。
頸椎牽引は、首の部分に行う牽引療法です。効果があるとされるのは以下のような病気です。
これらの病気による「上肢(腕)や手のしびれ・痛み」に対して有効とされます。椎間孔の狭さが一因となっているため、引っ張ることで一時的に神経圧迫がやわらぐのです。
一方で、首そのものの痛み(頚部痛)に対しては効果がないとされています。首の筋肉のこりや炎症が原因で起きている痛みに、牽引は直接作用しないからです。この点は誤解されやすいため注意が必要です。
腰椎牽引は、腰の部分を対象とした牽引療法です。効果が期待できるのは次のような病気です。
これらの病気によって「下肢や足に出るしびれ・痛み」に対して有効とされます。頸椎牽引と同じように、椎間孔を広げて神経の圧迫を減らす作用があるためです。
しかし、腰そのものの痛み(腰痛)には効果がないと考えられています。腰の筋肉や靭帯の炎症、慢性的な負担による痛みに対して、牽引は根本的な治療にはならないのです。

牽引療法は神経の圧迫を一時的に和らげるものの、その効果は永続的ではありません。治療直後には楽になるものの、数時間から数日で症状が戻ってしまうことも少なくありません。また、病状が進行している場合や椎間板の変性が強い場合には、効果がほとんど見られないこともあります。
さらに、牽引によって逆に痛みが強くなってしまうケースもあります。そのため、自己判断で行うのではなく、必ず医師の診断に基づいて適応を決め、リハビリスタッフの管理のもとで実施することが大切です。
頸椎症や腰椎症、椎間板ヘルニアの治療は、牽引だけで完結するものではありません。実際には、以下のような治療と組み合わせて行うことが一般的です。
このように、牽引はあくまで治療の一部であり、他の方法と組み合わせて総合的に進めることが理想です。

牽引療法は、頸椎や腰椎を引っ張ることで椎間板や椎間孔に一時的な変化を与え、神経の圧迫を軽減させる治療法です。
牽引は万能な治療法ではなく、あくまで症状緩和を目的とした一時的な手段です。大切なのは、医師の指導のもとで正しく行うこと、そして薬物療法・運動療法・生活習慣の改善などと組み合わせて取り入れることです。
首や腰の健康を守るためには、牽引だけに頼るのではなく、総合的なリハビリテーションが必要です。自身の症状に合った適切な治療法を選択し、長期的な視点で体のケアを続けることが、快適な生活を送るための鍵となるでしょう。