「がん」と聞くと、多くの方は生活習慣や遺伝、食事やタバコ、ストレスなどを思い浮かべるのではないでしょうか。ところが最近の研究では、私たちの体の中にすみついている微生物、たとえば細菌やウイルス、さらには「カビ(真菌)」と呼ばれる存在が、がんの発生や進行に深く関わっているのではないかという証拠が次々と報告されるようになってきました。
少し前までは「がんは無菌の状態」で進行すると思われていました。しかし最新の技術を使った研究によって、がんの内部に細菌やカビが存在することが確認され、しかもそれらががんを悪化させる方向に働いている可能性があることが明らかになりつつあります。今回は、そんな驚きの研究成果について、できるだけわかりやすくご紹介したいと思います。

2020年に世界的に有名な科学雑誌「サイエンス」に掲載された研究では、乳がんやすい臓がんの患者さんの腫瘍を詳しく調べたところ、実に6割以上で細菌が見つかったと報告されています。
特に衝撃だったのは、以前は「がんの中には細菌などいない」と考えられていたことです。けれども実際には細菌が潜んでいて、しかもそれが単に同居しているだけではなく、がんの発生や転移(ほかの場所に広がること)、さらには治療の効果にまで影響している可能性が示されたのです。
この発見は、がん研究の常識を大きく揺るがしました。
細菌の存在が確認されたのに続き、今度は「カビ(真菌)」ががんの内部にいることを示す研究結果も出てきました。しかもその有無が、患者さんの生存率に関係しているというのです。
この報告を行ったのは日本の研究チームです。2023年8月に「Gastroenterology」という専門誌に発表された論文によると、東京医科歯科大学の研究グループが海外の研究機関と共同で、すい臓がんの患者さん180名の腫瘍を詳しく調べました。
彼らが注目したのは「マラセチア・グロボーサ」というカビの一種です。このカビは特別なものではなく、私たちの皮膚や腸の中に普通に存在している常在菌の仲間で、脂漏性皮膚炎といった皮膚トラブルの原因になることも知られています。ただし、がんとの関係についてはこれまであまり注目されてきませんでした。
研究チームが患者さんの腫瘍組織を調べたところ、180人のうち78人(約43%)からマラセチア・グロボーサが検出されました。
さらに重要なのは、その後の経過です。カビが見つかった患者さんと、見つからなかった患者さんとを比べると、3年後の生存率や再発のしやすさに大きな違いがあったのです。
具体的には、カビが検出された患者さんのグループでは、生存率が明らかに低く、再発率は高い傾向にありました。統計的に計算すると、死亡のリスクはおよそ1.7倍、つまり約70%も高くなっていたのです。
この結果から研究者たちは、「すい臓がんの進行にはマラセチア・グロボーサが関わっている可能性がある」と結論づけています。そして、もし本当にそうであれば、このカビを標的にした新しい治療法が生まれる可能性もあるのです。

もちろん、これはまだ研究段階の話です。「なぜカビががんの中に入り込むのか」「どんな働きをしているのか」についてははっきりわかっていません。ただ、カビが見つかった患者さんほど予後が悪い、つまり生存率が低いというデータがある以上、無視できない存在であることは確かでしょう。
しかしここで注意したいのは、この結果を「すべてのがんはカビが原因だ」と短絡的に受け止めてはいけないということです。がんの原因は非常に複雑で、遺伝的な要因、生活習慣、環境、年齢など、さまざまな要素が重なり合って生じます。カビだけでがんのすべてを説明することはできません。
カビが関与している可能性があると聞くと、「じゃあカビを退治すればがんも治るのでは?」と思う方もいるかもしれません。実際、インターネットや一部の本、動画などでは「がんの正体はカビだから重曹で治る」といった説が広まっています。
けれども、これは科学的には裏付けがありません。もし本当に重曹でがんが治るのであれば、世界中の研究者がすでに臨床試験を行い、症例報告が相次いでいるはずです。ところが実際には、そのような信頼できる報告は存在しません。
残念ながら現時点で「重曹でがんが治る」というのは根拠のない主張です。こうした情報を鵜呑みにして自己判断で試すことは、かえって大切な治療の機会を逃してしまう危険があります。
今回のように「がんの内部にカビがいる」という研究結果は、がん治療の新しい可能性を示しています。今後さらに詳しい研究が進めば、どの種類のがんにどのようなカビが関与しているのか、そしてそれをどう防いだり治療に応用できるのかが明らかになるかもしれません。
たとえば、カビを抑える薬を併用することでがん治療の効果を高めたり、再発を防いだりできる可能性もあります。まだ夢のような話かもしれませんが、研究が進むことで現実になる日が来るかもしれません。
まとめ

・最新の研究で、がんの内部に細菌やカビが存在することが確認されつつある
・すい臓がんでは「マラセチア・グロボーサ」というカビが見つかり、見つかった人ほど生存率が低く再発率が高いことがわかった
・ただし、がんの原因を「カビだけ」に結びつけるのは誤りで、さまざまな要因が複雑に関わっている
・「重曹でがんが治る」という説には科学的な根拠はなく、信じるべきではない
・今後の研究によって、がんとカビの関係を利用した新しい治療法が開発される可能性がある
がんとカビの関係は、まだまだ解明されていない部分が多いですが、今後のがん研究の大きなカギになるかもしれません。私たちにできることは、正しい情報を信じ、希望を持って新しい知見を待つことです。