
皆さんの中にも、「がんに効く水」という言葉を耳にしたことがある方がいるかもしれません。
書店では「奇跡の水でがんが治る」といったタイトルの本も見かけます。もし本当に、水を飲むだけでがんが治るのであれば、これほど簡単で嬉しいことはありません。つらい治療を受けずに済むなら、患者さんとしてもつい期待してしまうのは当然のことです。
しかし、その裏には人の弱い気持ちにつけ込む“がんビジネス”が潜んでいることもあります。
実際に、最近こんなニュースが報じられました。
「がんに効く水」とうたって患者から7億円を集めたとして、健康食品会社の社長が逮捕された。
この会社は「がんに効く水を開発している」と言って多くの人を信じ込ませ、お金を集めていたのです。もちろん、その“特別な水”は存在せず、詐欺だったということです。
こうした事件は残念ながら珍しくありません。「がんが消える水」「飲むだけで治る水」など、似たような商品は今も世の中に出回っています。実際に試している人もいるようですが、果たして本当にそんな水はあるのでしょうか?
今回は、がんとの関係がよく話題にのぼる「3種類の水」について、これまでに発表された研究をもとに検証してみました。

まず最初は「水素水」です。
水素には「体の中で悪さをする酸素(活性酸素)」を減らす働きがあるといわれています。活性酸素は体の老化や病気の原因のひとつと考えられているため、「水素水を飲めばがんを防げるのではないか」と注目されてきました。
一部のクリニックでは、水素を吸い込む治療を行っているところもあります。動物の実験では、水素水を与えることでがんの成長がゆるやかになったという報告もあります。
たとえば2022年に発表された研究では、がんを移植したマウスに水素水を飲ませると、がんの進行が抑えられたという結果が出ました。しかも、その効果はある抗がん剤とほぼ同じくらいだったそうです。
とはいえ、これはあくまで「マウスの実験」での話です。人間で同じような効果があったという研究は、今のところ報告されていません。
また、水素ガスを吸入したところ、脳の中のがんが小さくなったという“症例報告”は1件だけあります。けれどもこれは、あくまで「1人のケース」であり、偶然の可能性も否定できません。
つまり、「水素水でがんが治る」とはまだ言えないのが現状です。
次に、「重曹水」です。
重曹といえば、掃除や料理にも使える身近な粉ですが、「がんを治す」という話が一時期広まりました。
きっかけは、ある外国人の元医師が「がんの原因はカビだ。だからアルカリ性の重曹で殺菌すればがんは治る」と主張したことでした。
しかしこの人物は、実際に重曹を使った治療で患者を亡くならせたとして、刑の判決を受けています。医学的な裏づけのない危険な療法だったのです。
また別の説では、「重曹とクエン酸を混ぜると体のバランスが整い、がん細胞が死ぬ」と説明する本もありますが、これも科学的な証拠はありません。
研究論文をいくら探しても、「重曹水でがんが小さくなった」「生きられる期間が延びた」といった報告は見つかりませんでした。
つまり、重曹水ががんに効くという根拠はまったくないのです。
ただし、少し興味深い話もあります。
重曹水には、がんを治す効果はありませんが、抗がん剤の副作用でできる「口内炎」をやわらげる効果があるという報告があるのです。
2022年に発表された研究では、抗がん剤治療を受ける144人の患者が重曹水でうがいをしたところ、口内炎が軽くなり、食事がしやすくなったという結果が出ました。
つまり、「飲む」のではなく「うがい」に使うと、痛みをやわらげる助けになるかもしれません。
がん治療の代わりではなく、あくまで副作用対策の一つとして役立つ、という位置づけです。
3つ目は「電解還元水」または「アルカリイオン水」と呼ばれるものです。
これは、水を電気で分解して作られるアルカリ性の水で、水素が多く含まれているとされています。
2001年には「アルカリイオン水ががん細胞の増殖を抑える」との研究結果が新聞に取り上げられ、大きな話題になりました。
その後も、試験管の中でがん細胞の動きを観察する実験では、「電解還元水が細胞の広がりを抑える可能性がある」という報告が出ています。
ただし、これもあくまで「実験室レベル」の結果です。
人が実際に飲んで効果があるかどうかを確かめた臨床試験は、今のところ発表されていません。研究者が続報を出していないことからも、人に対する明確な効果は確認できていないと考えられます。
つまり、「電解還元水でがんが治る」という科学的な根拠は、現段階では存在しません。

ここまで紹介した3つの水――
このどれも、人での研究で「がんが治った」「がんが小さくなった」という結果は確認されていません。
したがって、現在の科学的な結論としては「がんに効く水は存在しない」ということになります。
もちろん、水を飲むこと自体はとても大切です。人の体の約3分の2は水分でできており、水分をきちんと摂ることは健康を保つ基本でもあります。
しかし、「特定の水を飲めば病気が治る」といった宣伝には、十分な注意が必要です。
「がんに効く」と言われるものの多くは、科学的な証拠がないだけでなく、時に高額な商品を買わせようとする悪質な商法につながっている場合もあります。
もしそうした情報に出会ったときは、すぐに信じず、まずは医師や専門家に相談することをおすすめします。
本当に信頼できるのは、“奇跡の水”ではなく、地道な研究や正しい医療の積み重ねです。
水は命をつなぐ大切な存在ですが、「がんを治す水」は、今のところどこにも見つかっていません。