
みなさんは「がん」はある日突然できるものだと思っていませんか?
実はそうではありません。がんは、いきなり現れるわけではなく、時間をかけて少しずつ進行していく病気です。いわば、長い階段を一段ずつ上るようにして、健康な細胞が「がん」へと姿を変えていくのです。
この階段の途中にあるのが「前がん病変」と呼ばれる状態です。これはまだがんではありませんが、「がんになりかけた細胞」が体のどこかにできている状態のことです。たとえば大腸の場合、まず「腺腫(せんしゅ)」という小さなできものができ、これが長い時間をかけてがんに進むことがあります。
ただし、すべての前がん病変が必ずがんになるわけではない、というのが今回のお話です。
実際に、ある研究では「がんになりかけた細胞のうち、約30%が自然に消える」という驚くべき結果が報告されています。
つまり、「がんになりかけても、途中で治ってしまうことがある」ということなのです。
では、一体なぜそんなことが起こるのでしょうか?
この不思議な現象を調べたのは、イギリスの研究チームです。
彼らは「肺がん」になる前の段階、つまり気管支にできる前がん病変を対象に、時間をかけて観察しました。
気管支というのは、肺へ空気を送る管のような部分です。この内側の粘膜に、がんになる前の小さな異常が見つかることがあります。
研究では、そうした病変を定期的に観察し、数か月ごとに組織を少しずつ採取して調べました。
その結果――
というのです。
つまり、がんになりかけた細胞のうち、3つに1つは「自分で元に戻る力」を発揮していた、ということです。これは驚きですよね。
では、この違いはどこからくるのでしょうか。
研究チームは、採取した組織の中にある「細胞の情報(遺伝子)」を詳しく調べました。
その結果、がんに進んだ病変では、細胞の中に多くの「傷」や「乱れ」が見つかりました。
それは、細胞をコピーするたびにミスが起きやすい状態、いわば「設計図がぐちゃぐちゃになりかけている」状態です。
このような細胞は次第に暴走しやすくなり、がんへ進んでしまうと考えられます。
一方で、自然に消えた病変では、そうした乱れがあまり見られませんでした。
つまり、細胞の遺伝子が比較的安定していたということです。
しかし、もうひとつ大きな違いがありました。
それは「免疫」の力です。
別の研究では、前がん病変のまわりに集まる「免疫細胞」に注目しました。
免疫細胞とは、体の中でウイルスや細菌、そして“異常な細胞”を見つけて攻撃してくれる、頼もしい防衛チームのような存在です。
研究の結果、自然に消えた病変の周りには、がん細胞を攻撃するタイプの免疫細胞がたくさん集まっていることがわかりました。
特に「キラーT細胞」と呼ばれる戦闘力の高い免疫細胞が多く見られたそうです。
つまり、がんに進まずに消えた病変では、「体の免疫がしっかり働いて、がんの芽をつぶしていた」というわけです。
反対に、がんに進行した病変では、免疫細胞の数が少なく、うまく働いていなかったのです。

ここまでの研究から、がんになるかどうかを分けるポイントは大きく2つあると考えられます。
このように、体の中では「がんになりかけた細胞」と「それを防ごうとする免疫」のせめぎ合いが、日々くり返されているのです。
「それなら免疫を上げればいい!」と思うかもしれません。
しかし、残念ながらそんなに単純ではありません。
免疫の仕組みはとても複雑で、単にサプリを飲んだり運動をしたりしても、前がん病変の場所にピンポイントで免疫細胞が集まるわけではないのです。
ただし、体全体の健康を保ち、免疫が正しく働ける状態にしておくことはとても大切です。
たとえば、
といった、基本的な生活習慣が免疫の働きを助けてくれます。
つまり、派手な健康法よりも「地味だけど続けられる生活」が、体の中の小さながんの芽を押さえ込む力になるのです。

今回紹介した研究は、「がんは必ずしも一方通行ではない」ということを示しています。
がんになりかけた細胞が、体の力で元に戻ることがある――これは、人の体に備わった驚くべき回復力の証です。
もちろん、前がん病変を見つけたら放っておいていい、という話ではありません。
定期的な検査や医師の判断はとても重要です。
ただ、「体の中にはがんの芽を抑える仕組みがちゃんとある」という事実を知ることで、少し安心できるのではないでしょうか。
がんは、決して敵ばかりではありません。
私たちの体は日々、目に見えないところでがんの芽と戦い、そして多くの場合、勝っています。
その力を支えているのが、日々の生活習慣や心身のバランスです。
だからこそ、「自分の体を大切にすること」が、何よりのがん予防になるのです。