
〜アメリカ研究チームが明らかにした意外な仕組み〜
みなさんは最近、「免疫療法」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。
これは、人の体に本来そなわっている“免疫の力”を利用してがんを攻撃する新しい治療法のことです。従来の抗がん剤や放射線治療のように直接がんを攻撃するのではなく、免疫の働きを後押しして、がんを自分の力で倒すように導くという仕組みです。
その免疫療法の中でも注目されているのが、「免疫チェックポイント阻害薬」という薬です。これは、がん細胞が免疫から逃れる“隠れ蓑”を取り去り、再び免疫細胞にがんを攻撃させるというもの。
すでに一部のがんの治療に使われており、大きな効果を上げることもあります。
ところが、この治療には大きな課題もありました。
それは、一部の患者さんでは薬が効かないどころか、がんが急に大きくなるケースがあるということです。
せっかく希望をもって治療を受けたのに、逆にがんが進行してしまう──。
この現象はこれまで原因がよく分かっておらず、医療現場でも悩ましい問題のひとつでした。
そんな中、アメリカの国立衛生研究所(NIH)に所属する小林久隆(こばやし・ひさたか)主任研究員のグループが、この謎に迫る研究成果を発表しました。
ニュースの見出しはこうです。
「免疫療法の副作用、原因解明 がん治療効果の向上に期待」
では、いったい何が起こっていたのでしょうか。

小林さんたちが注目したのは、「制御性T細胞」と呼ばれる免疫細胞です。
少し難しく聞こえますが、これは免疫の“ブレーキ役”のような存在です。
人の体の免疫は、ウイルスや細菌などの異物を見つけると、強い攻撃をしかけて排除します。ところが、あまりに攻撃が強すぎると、自分自身の体まで傷つけてしまうおそれがあります。
そのため、免疫には「攻撃する細胞」と「抑える細胞」がバランスを取りながら働いているのです。
制御性T細胞は、そのうちの“抑える側”を担当しています。つまり、免疫の暴走を防ぐ安全装置のような役割です。
ところが、がんの世界ではこの“安全装置”がやっかいな存在になります。
なぜなら、がん細胞の周りで制御性T細胞が増えすぎると、がんを攻撃する免疫細胞の働きを邪魔してしまうからです。
研究チームは、こう考えました。
「もし制御性T細胞の働きが強すぎる状態で免疫チェックポイント阻害薬を使ったら、かえってがんの成長を助けてしまうのではないか?」
この仮説を確かめるために、マウスを使った実験を行いました。
まず、がんを攻撃する免疫細胞(いわゆる“戦うT細胞”)を減らし、逆に制御性T細胞を活発にした状態をつくります。
そのうえで、免疫チェックポイント阻害薬を投与したところ──
なんと2~4週間ほどで、がんがほぼ2倍の大きさに成長したというのです。
通常、この薬を使うとがんは小さくなるはずです。
ところが、攻撃する細胞が減って、抑える細胞が優勢な状態では、薬がうまく働かず、逆にがんの成長を後押ししてしまう。
さらに詳しく調べると、大きくなった腫瘍の周りでは、攻撃する免疫細胞が少なくなり、制御性T細胞が大幅に増えていたことも分かりました。
この結果から見えてきたのは、免疫療法では“免疫の強さ”だけでなく、そのバランスが極めて重要だということです。
がんを攻撃する側が優勢なときには薬がよく効いてがんが縮みますが、制御する側が強くなりすぎると、薬が効かなくなり、むしろ悪化してしまう。
つまり、「免疫を活性化すればするほど良い」という単純な話ではないのです。
この仕組みを理解することで、今後は「どんな人に免疫療法が合うのか」「どうすれば副作用を防げるのか」といった、より安全で効果的な治療法の開発につながると期待されています。

今回の研究で小林さんたちが使ったのは、「光免疫療法」という特殊な技術です。
これは、がん細胞の表面に光に反応する薬をくっつけ、そこに近赤外線という光を当てて、がんをピンポイントで壊すという治療法です。
すでに日本でも、頭や首の一部のがんの治療に使われています。
研究では、この光免疫療法を使って免疫細胞の量をコントロールしました。
将来的には、この光の技術を応用して**「がんを守ってしまう制御性T細胞だけを減らす」ことができれば、より高い治療効果が期待できるかもしれません。
つまり、免疫を暴走させずに“がんだけを狙い撃ちする”ことが可能になるわけです。
今回の発見は、免疫療法がなぜ効く人と効かない人がいるのか、その理由を解き明かす大きな手がかりとなりました。
そして同時に、がん治療の未来をより明るくする新しい道筋を示したとも言えます。
今後は、患者さん一人ひとりの免疫の状態を細かく調べて、どんな治療が合うのかを見極める“個別化医療”がますます重要になるでしょう。
また、免疫をただ強めるだけでなく、抑える力とのバランスを整えることで、副作用を減らしながら効果を高めることができると期待されています。
がん治療はこれまで、「切る・焼く・薬で攻撃する」という3つが中心でした。
しかし、免疫療法や光免疫療法の登場によって、「自分の体の力でがんを克服する」という新しい時代が始まっています。
今回の研究成果は、その第一歩をさらに確かなものにしてくれるニュースと言えるでしょう。
がん治療の最前線では、日々こうした発見が積み重ねられています。
今回の成果が、より多くの患者さんの希望となり、「がんと共に生きる」から「がんを乗り越える」時代への一歩となることを願いたいものです。