嫌なことを思い出す

嫌なことを思い出す

嫌なことを思い出すときに知っておきたいこと

〜「侵入思考」と「フラッシュバック」から考える心の仕組みと対策〜

私たちは日常の中で、ふとした瞬間に過去の「嫌なこと」を思い出してしまうことがあります。
忘れたいのに頭から離れない。思い出した途端、胸がざわついたり、気持ちが沈んでしまう。
そうした体験には、実は心理学的にも明確なメカニズムが存在しています。
本稿では、「嫌なことを思い出す」という現象を、心の働きや精神医学的な観点から丁寧に解説し、最後にその対処法についてもお伝えします。

1.「嫌なことを思い出す」とは?

1.「嫌なことを思い出す」とは?

「嫌なことを思い出す」と一言でいっても、実はその思い出し方には大きく2つのタイプがあります。
それが「侵入思考(しんにゅうしこう)」と「フラッシュバック」です。

●侵入思考とは

侵入思考とは、自分の意図に反して否定的なイメージや考えが頭に浮かんでしまう現象を指します。
たとえば「もう終わったことなのに、何度もその場面が頭に浮かんでくる」「考えたくないのに、つい考えてしまう」といった状態です。
こうした思考が繰り返されると、気分の落ち込みが強まり、うつ状態が悪化することもあります。

●フラッシュバックとは

フラッシュバックは、過去のつらい出来事を、まるで“再体験”しているかのように鮮明に思い出してしまう現象です。
そのときの感情や身体感覚まで蘇るため、強い不安や恐怖を感じることがあります。
一度きりではなく、繰り返し起こるのが特徴です。

この2つの現れ方は異なりますが、共通点も多くあります。
どちらも「自分の意図とは関係なく、突然思い出してしまう」という点、そして「思い出すことで感情的に巻き込まれ、不安定になる」点が共通しています。
さらに、何度も繰り返されることで、日常生活にまで影響が及ぶことが少なくありません。

2.嫌なことを思い出す原因となる精神疾患

このような現象の背景には、さまざまな心の不調が関係していることがあります。
侵入思考とフラッシュバック、それぞれに多い原因を見ていきましょう。

●侵入思考が起こりやすい疾患

主に以下の3つが挙げられます。

  1. うつ病
    セロトニンなどの神経伝達物質のバランスが崩れ、気分の落ち込みや否定的な思考が強まる状態です。
    うつ病の方は「反芻思考(はんすうしこう)」、つまり同じことを何度も繰り返し考えてしまう傾向があり、これが侵入思考として現れることがあります。
  2. 強迫性障害(OCD)
    「強迫観念」と「確認行為」が特徴的な病気です。
    頭では「そんなことを考える必要はない」と分かっていても、否定的な考えが何度も浮かんでしまい、それを抑えようとするほど苦しくなってしまいます。
  3. 不安障害
    強い不安や緊張が続く状態では、嫌な記憶が鮮明に残りやすく、ふとした瞬間に思い出してしまうことがあります。
    そしてそのような状況を避けるために行動範囲を狭めてしまい、生活の質が下がるケースもあります。

●フラッシュバックが起こりやすい疾患

フラッシュバックの原因として代表的なのが以下の3つです。

  1. PTSD(心的外傷後ストレス障害)
    戦争や災害、事故、暴力など、極めて強いショック体験の後に起こる心の反応です。
    当時の光景や感情が突然よみがえり、強い動揺を伴うことがあります。
    日本では戦争体験だけでなく、職場や学校での強いストレスが引き金となることもあります。
  2. 急性ストレス反応
    強烈なストレスを受けた直後に起こる一時的な反応です。
    フラッシュバックのような症状が見られることもありますが、多くはストレス源から離れ、休養をとることで数週間以内に回復します。
  3. 自閉症スペクトラム(ASD)
    ASDの方は記憶の仕方やこだわりに特徴があり、過去の出来事を鮮明に思い出す傾向があります。
    嫌な出来事へのこだわりが強まると、その記憶にとらわれ、感情的な影響が長く続くことがあります。

3.思い出すことで起こる悪循環とそのリスク

3.思い出すことで起こる悪循環とそのリスク

嫌なことを思い出すときに最も注意すべきは、「感情的に巻き込まれてしまう」ことです。
思い出した瞬間の苦しさから、思考が止まらなくなり、気分がさらに不安定になってしまう。
その不安定さがまた新たな思い出しを引き起こす——。
こうした悪循環に陥ることがあります。

●悪循環による主な影響

  1. 精神状態の悪化
    ストレスが強くなり、不安や抑うつが悪化してしまうことがあります。
  2. 睡眠への影響
    過覚醒(かかくせい)と呼ばれる緊張状態が続くことで、不眠を引き起こしやすくなります。
    睡眠不足は感情の安定をさらに難しくするため、悪循環に拍車がかかります。
  3. 人間関係への影響
    自己肯定感の低下や対人不信から、人との関わりを避けてしまうケースもあります。
    孤立感が強まると、気分の落ち込みがさらに深まることもあります。

●悪化しやすい要因

  • 過去の出来事への強いこだわり
  • 不安定な精神状態
  • 自己肯定感の低下

これらが重なると、嫌な思い出から抜け出すことが難しくなります。

4.嫌なことを思い出したときの対策

4.嫌なことを思い出したときの対策

重要なのは「思い出しても巻き込まれない」ことです。
嫌なことを思い出すこと自体は完全に防ぐのが難しいため、「どう受け止め、どう流すか」が大切になります。

●1)原疾患の治療

うつ病や強迫性障害など、脳の働きに関係する疾患が背景にある場合は、適切な治療を受けることが第一です。
薬物療法や認知行動療法などによって、脳内のバランスを整え、思考の悪循環を緩和できます。

●2)心理的安全性の確保

強いストレス環境に置かれていると、思い出しの頻度や強度が高まります。
安心して過ごせる環境づくりが非常に重要です。
職場や家庭などで過度な緊張を強いられないよう、環境を整えたり、支援を求めたりすることが大切です。
また、生活リズムを整え、疲労をためないことも心の安定につながります。

●3)思い出したことと距離を取る

嫌な記憶が浮かんでも、それは「脳の誤作動」であり、今の現実とは違うということを意識することが重要です。
「今ここにいる自分」と「過去の出来事」を切り離して捉えることで、感情の巻き込みを減らすことができます。
そのための具体的な方法としては、

  • 深呼吸やストレッチなどで身体をリラックスさせる
  • マインドフルネスによって“今この瞬間”に意識を戻す
    などが有効です。

まとめ

まとめ

「嫌なことを思い出す」という現象には、「侵入思考」と「フラッシュバック」の2種類があります。
どちらも、自分の意思に反して記憶が蘇り、感情が揺さぶられるという共通点を持っています。
問題は「思い出すこと」そのものではなく、「思い出した後に巻き込まれてしまうこと」です。

悪循環に陥らないためには、

  • 原因となる心の病をしっかり治療すること
  • 安心できる環境を整えること
  • 思い出した記憶と一定の距離を取ること

この3つが柱となります。
思い出すことを無理に止めるのではなく、「思い出しても大丈夫」と思えるように心の余裕を育てることが、回復への第一歩です。